「本当にこの服が普通なのか? 妙な視線を感じるのだが」

「えぇ間違いないですよ? ニクシアが魅力的なだけじゃないですか?」

「な、なにを馬鹿な事を!」

 ニクシアとシルキアは町を歩いていた。 もちろん、人馬と蜘蛛女の姿ではない。

 人間と変わらぬ姿。 

 おそらく彼女たちの正体を見抜けぬ者はいないだろう。

 そんな彼女たちだが、町では多くの視線を浴びていた。

 もちろん、人とは違う彼女たちの美しさによるものだが……

「やはり、貴殿が作った服が変なのではないか? 人間の流行から外れているのでは?」

「いいえ」とシルキアは断定した。 彼女はニクシアと違って定期的に町に出て遊んでいる。

 何より、趣味として衣服を作るため、流行には敏感な方だ。しかし――――

(まぁ、ニクシアみたいな女性が、露出多めの服を着て歩いていたら、注目を浴びるのは当然でしょうが……黙っておきましょう。面白いから)

「む! 貴殿、顔が笑ってるぞ。やはり、何かあるのか!」

「気のせいですよ。気のせい。そんな事よりも、早く遊び……いえ、ユウトさんを見つけましょう」

「今、遊びと言いかけたな。やはり、有資格者の様子を覗うなどと言ったのは……」

 ニクシアは途中で言葉を止めた。 何か、剣呑な空気に気づいたからだ。

 それと当時に――――

「ちょ、ちょっとニクシア!」とシルキアが止めるのを聞かずに駆け出してた。

 人間の体。 普段の四足歩行とは違うはずだが、その速度は本来の姿に敵わないにしても、匹敵する速度だった。

 「うぉぉ!」と男の野太い声。 

 歩いていた男をニクシアが押し倒したのだ。

「な、何をしてるんですか! ニクシア!」とシルキアが慌てて駆け寄ってきた。

 かなり注目を浴びている。 さすがに「まずいですよ」と彼女も思った。しかし、ニクシア本人は――――

「いつの時代でも、このような悪漢はいるものだな。コイツの手を見よ」

「財布? もしかして……スリですか?」

「あぁ、あちらのご婦人から盗む瞬間を見たからな」

 指摘された女性が驚いて、すぐに財布を確かめ――――「た、確かに私のです!」

「うむ、早く婦人に返したまえ」

 しかし、スリは財布を投げた。

「しまった。仲間がいたか――――シルキア!」

「はいはい、仕方ありませんね」

 投げた財布がスリ仲間の手に届く直前、その財布が宙で止まった。

「なッ! 魔法使いか!」とスリたちは驚く。

 実際は、シルキアの不可視の糸が放ったのだが……

「まぁ、魔法使いと勘違いしてくれた方がいいですね」

「はい、これ。財布をお返しいたします」と彼女は婦人に財布を手渡した。

「いや、シルキア。 アイツも、スリ仲間も捕まえろよ」

 逃げていくスリ仲間。 ニクシアは、捕まえようと駆け出そうとするも、その必要はなくなった。

 スリ仲間の逃走経路を防ぐように男が立ち塞がった。

「どけよ! てめぇも正義気取りか!」とスリはナイフを取り出した。

 加速して、体重を乗せた刺突。 脅しや怪我で終わらすつもりはない。

 完全に殺すつもりの攻撃だ。しかし――――

「……」と男は無言で剣を振るった。

 スリが手にしていたナイフが真っ二つに切断された。

 無防備になったスリの体。腹部を狙って、男は剣の柄を叩き込んだ。

 体を浮き上がるように一撃。スリは腹を抑え込んで地面を転がる。

 その表情は苦悶の一言だった。

「おぉ、助かりました。その身のこなし、名のある方とお見受けいたします」

 ニクシアの言葉に男は――――

「……」と無言だった。

 そのまま、彼女に背を向けて歩きだした。その姿に人々の声が聞こえてきた。

「おい、あの男……A級冒険者の……」

「あぁ、『剣聖』 ケイデンじゃないか?」

「間違いねぇ。ケイデン・ライトだ!」

 それらの声にニクシアは――――

「ほう、ケイデン殿か。その名前、覚えておこう」    

 そう言うと、彼女は地面を転がるスリを担いで、憲兵に突き出しに行った。