茄子(なす)と野菜カレー

 ユウトは、主役である茄子を後に回して野菜カレーから口にする。

 野菜はランダムに、味を確かめる。

「こういう料理の野菜は2パターンだと思っていた。 とろけるほどに煮込まれているか、火を通しても芯に歯応えがあるか……でも、これはどちらでもない。ギリギリのバランスだ」

 ジャガイモはホクホクとしている。しかし、崩れるほどの柔らかさはなく、口にすると歯応えが楽しめる。 また固すぎないのは、そうなるように大きさを調節しているのだ。 

 それは、ジャガイモに近い硬度を持つにんじんも同じだった。

 それにたまねぎ、いんげんも続く。 そして――――

 主役の茄子を味わう。 そのつもりだった。しかし――――

「消えた!?」とユウトは驚いた。

 茄子の柔らかさ。 それは味を確かめる余裕すら許さず、口内から消え去った。

 ユウトは、すぐにミカエルを見る。 人間には、視界内に映る人間が同じ行為をしている時、タイミングを合わせる習性があると聞いた事がある。

 ユウトが茄子を口に運ぶタイミング、ミカエルも同じタイミングで食べていたのが見えた。

 だが、彼は首を横に振っている。 ミカエルも同じく茄子の味を捉えきれなかったようだ。

 ユウトは茄子の残量を確認する。 

(おそらく、使われた茄子は2本。それを3枚づつ……計6つ。つまり、残りは5つになる)

 彼は瞳を閉じる。 五感の内、1つを自ら封じる事で味覚を強化したのだ。

 味蕾に意識を集中させ、今度は茄子をカレーと絡ませて口に入れた。

(今度は、必ず――――捉えたぞ。その味を!)

 茄子の柔らかい歯応え。独特の甘み――――否! それだけではない。

 注目すべきは風味。 茄子の風味がカレーと合わさって、まろやかさとコクが強化されている。

(なるほど、茄子は油にもなじみ、肉にもよく合うとは聞いた事あるが……これほどまでにカレーと相性が良いものなのか!?)

 気がつけば食す速度が上がっている。

 まだ欲しい……まだ食べたい!

 欲深き本能である食欲がユウトとミカエルの心を乱していく。

 それを見越していたのだろう。 次のカレーは既に用意されていた。

「次は――――オムカレーだ」と店主。

 その見た目は、今まで出されてきたカレーのどれとも似ていないオリジナリティ。

 黄色いのだ。 黄色いたまご……その中にご飯が包まれている。

 その両サイドを浸すようにカレーが盛り付けられ、白い物は――――ホワイトソースだ!

(これは、目でも楽しめるように作っているのか!? もはや感謝しかない)

 目に飛び込んでくる鮮やかな黄色に圧倒され、もはや安心感すら生まれてきたカレーの独自の色彩。 そして、隠れているであろう純白のご飯は騒動するだけで楽しめる。

 さて、目で楽しんだら、次は舌で楽しむとしよう。その味は?

 まず感じたのは、たまごの優しい甘さ。それから、カレーのスパイシーな刺激が交わう。

(思ったより、たまごの量が多いのか? ご飯にたどり着くには2回はスプーンを入れないと)

 そして、たまご、カレー、ご飯と3つが組み合わさってから、本番だ。

 まろやかなとろみ。それカレーとたまごの共通点だろう?

 新たに生まれた独特の世界観。 それを楽しむ。

 食べると失われていく渇望感と戦いながら――――それに店主は気がついていたのだろう。

 最後に――――

「もう、用意していたメニューを全部乗せてきた」

 とんでもない怪物を作り出していた。

 もはや、皿ではない。 急遽、必要になった皿の代わりだろう。

 酒樽の下部分を剣で切断して、即興の皿にしている。

 盛られているカレーは池のように見える。 

 先ほどのオウカレーのようにたまごが浮かんでいる――――いや、それだけではない。 浮かんでいるたまごは、さらにゆで卵が3つ。

 カレーのそこに沈んでいるのは海鮮系だろうか?

 輪切りのようなイカの揚げ物。 他にはエビ、あさり……先ほどの野菜カレーには見られなかったキノコやほうれん草が加えられている。

 さらに特別なおまけだよ……と言わんばかりのチーズたち。

 ご飯は隠れて見えない。なぜなら、大量の揚げ物が乗せられているからだ。

 全てが同じように見える黄金の物体。 あえて推測して見ると――――

 とんかつ、ロースかつ、唐揚げ、メンチカツ、コロッケ、カキフライに……これはエビかつか?  
  
「さぁ食え。遠慮は無用だ」と進める店主だったが……

「待ってくれ。この量……食べれないだろ? 俺はともかく、ミカエルが……」

「やっぱり気がついていなかったのか、王者」と店主はため息を交じりに言った。

「気づいていなかったって? 何がだよ?」

「いいか? 今までお前らが食べたカレーは4種類だ。1皿は大盛サイズの400グラムに固定してる。つまり――――」

「つまり?」

「お前等は2人で1.6キロを涼しい顔で感触している。王者は珍しくない……けど、隣の貴族さまはどうだ?」

「――――」と言われた事により、ユウトは初めて意識した。

 隣のミカエルもまた常人離れした胃袋の持ち主であるということを……