「もう……大丈夫なのか?」

「あぁ、念のために包帯を巻いてるだけだ」とミカエルは自身の腕を見せた。

 彼の腕は人間の手に戻っていた。もう怪物の手ではない。 

 それから、ミカエルは――――

「さっき、廃業届を出してきた」

「廃業? 辞めるのか、冒険者を?」

 ユウトは驚く。 確かに、いないわけではない……

 ダンジョンで挫折して、その日に冒険者を辞めてしまう者。

 だが――――

「本当に良いのか? やっとA級冒険者にまでなって、これからじゃないのか?」

「――――驚いた。よりによってお前に止められるとは思わなかったから……そんな顔をするなよ」

「だが、それは…… 貴族の矜持ってやつなのか?」

「はぁ?」

「ダンジョンで遭難して、救出に来たのが俺だったから……その、プライドが傷ついたのか? それなら気にする事はないと思うぞ? S級冒険者のメイヴだって、よくダンジョンで迷子になって救出されてる」

 だが、ミカエルは――――

「あははははは!」と笑った。

「そうじゃない。抜け落ちたのさ……執着ってやつが。冒険者になったのは、貴族として地位を定着させるための目的だった」

 彼は笑った。

 しかし、先ほどの笑いとは違い、自虐的な笑いに変わっていた。

「けど、気づいたのさ……自分のドス黒さに。目標のためなら、どれほど邪悪に染まっても構わない――――そんな自分自身に恐怖して、心が折れてしまったのかもしれない」

「そんなことは……」

 ユウトは最後まで「そんなことはない」と断言する事はできなかった。

 見てしまったからだ。そして、戦ったからだ。

 怪物になってでも、力を欲するミカエルの姿を……

「そんな顔をするなよ、ユウト……もっと、俺を恨む資格がお前にはあるんだぜ?」

「……恨むかよ。恨むものか! お前は俺に冒険者としての可能性を教えてくれた。だから、俺は冒険者を止めずに来れた」

「お前には最後まで驚かされてばかりだ」とミカエルは言葉通りの表情。しかし、同時に穏やかさを兼ねていた。

「そうか、恨んではないのだな。お前は……それは良かった。本当によかった。俺は故郷に帰って、親兄弟を支える。もう、会う事もないだろうが元気で――――」

 最後までミカエルは言えなかった。 ユウトが強引に体を引きよせたからだ。

「な、何を!」と慌てるミカエルにユウトは――――

「そうだ。一緒に飯を食いに行かないか?」

 ここは冒険者ギルドの前。 その向かいには、いつもの食堂があった。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

 食堂に入ったユウトとミカエル。

「店主、いつもの」とユウトは店主に紙の束を渡した。

「なんだ、それは?」と不思議そうなミカエル。

「あぁ、料理の新メニューだ。そういう依頼を受けている」

「ふ~ん、変わった依頼だな。まぁ、冒険者なら、石を斬るだけなんて妙な依頼を受ける事もあるからな」

「あぁ、そんな依頼もあったな。あの時は……」

 2人は思い出話に花を咲かせた。だから、だろうか?

 時間が必要なはずの料理が、すぐに出されたように感じられたのは……

「おう、待たせたな。コイツはカレーライスだ」

 2人の前に並べて置かれた料理。

 長皿にご飯が盛られている。その上に、何やら液体がかけられている。

 野菜や肉を煮込んだスープにしては、とろみがあるようだ。

「どうやら、コイツは前回と同じで東洋系の料理で、ご飯が主要だ。その上にスパイスを混ぜたスープを乗せている」

「スパイス?」とユウトは反応した。

「そう警戒するなよ。前回のファイヤー牛丼みたいに辛くはないぞ」

「本当か?」

「疑うなら、まずは食べて見な。おっと、端に置いてあるスプーンですくって食うだぜ?」

「う~ん」と疑いながらも、ユウトはスプーンでスープ部分をすくい、口に運んだ。

「――――」と味を確かめるように無言になる。

(一瞬、味が薄いと思った。しかしそれは誤りか? 遅れて辛さがやって来る。俺が食べれないほど不快な辛さではない。なぜなら、辛みと同時に旨味がやって口内に広がるからだ)

「あぁ、だからご飯なのか」と彼は理解した。

 最後に残る僅かな辛み。それが食欲を邁進させる。

 そのため、スープをご飯と絡み合わせるのだ。

 ご飯が有する甘み。相乗効果で辛みと甘みを際立たせている。    

「うん、美味い。これなら――――いくらでも食べれそうだ」

 ユウトはスプーンを振るう。 まるで飲み物のようにカレーライスを食べていく。

(この、食べながら、ご飯を崩していく感覚。まるで子供の時に遊んだ砂場を思いだすな)

 そんな事を考えながら1皿目を完食した。

「すぐに次の品を用意する」と皿をかたずけながら下がっていく店主。

 しかし、なにか違和感があったのか、途中で振り向いた。

 テーブルでは、ユウトとミカエルが水を飲んでいた。

 辛みによるものか? 2人とも氷の入ったコップで喉を潤している。

 その光景に店主は違和感の正体に気づいた。

「あの貴族さま、王者(チャンプ)と同じ速度で食べ終えた……だと?」