「神によって認められたのです」  

 そう言って天を指すニクシア。 その姿――――もしも、彼女以外が行えば、滑稽に映っていただろう。

(もしも、この場に聖職者であるエリザでもいたら大騒ぎになっていただろう)

 そんな事をユウトは考えた。

 だが、ニクシアには有無を言わせない説得力があった。 

 それに、ユウトの手にある魔導書。その魔導書が持っている不思議な力にも、強い説得力……

「空を高く飛べば、天国へたどりつき、地を深く掘り続ければ冥界にたどり着く。そんな神々と人間の距離が短かった時代――――いわゆる、神代。その神々には人間の首席を決めるために7つの魔導書を作り、人々への試練として作った迷宮に隠したのです」

「――――なるほど、要するに7つの魔導書を手に入れた者には、人間の首席に……つまりは王としての立場が、神々から直々に送られてくる。そういうわけか?」

 よくある吟遊詩人が歌う英雄談。それを冗談として口にしたつもりだったが、彼女は――――

「流石、有資格者ですな。理解が早い」と柔和な笑みを浮かべた。

「我は神によって命じられた守護者。有資格者に魔導書を与え、あるいは――――力を与える試練そのものだ」

 その堂々とした宣言にユウトは気圧された。

「でも、とても信じられない。だってこの中身――――料理本だぜ?」

「中身の話をされても我からは答えることはできぬ。魔導書の中身は、それぞれ違うのでな。ただ――――」

「ただ? なんだ?」

「魔導書から力を得た。 そのような経験がないと言えるか?」

「――――」とユウトは思い出していた。 魔導書に書かれていた料理を再現してもらい食した直後の事を。

「不思議な声がした。 それから、体が強く……魔力量も増加したのを感じた」

「それが神々の導きでしょう。 戦い続けなさい――――我も武器を交えて、貴方が王に相応しいと思った」

「それは……」と謙遜の言葉を出そうとしたが、彼女の真摯さに認めることしかできなかった。

「そうだ! 我を討ち下した剛の者。 その名を聞くのを忘れていた」

「俺はユウト・フィッシャーだ。今は、ただの魔法使い……孤高特化型魔法使いとだけ名乗らせてもらう」

「ほう……今は、と来たか。いずれは王になると宣言されるか」

 称賛をするニクシアに「いや、そんなつもりじゃ……」と言えないユウトだった。 

「では、我も――――我は人馬(ケンタウロス)のニクシア。王を見極める試練――――良い戦いだった。再び、王となった貴殿と見合うことを願おう」

 2人は、遅れながらも戦いの健闘を祝うように握手を交わした。

 それから――――

「そうだ。手ぶらに返すにも、心苦しい。土産にコイツはどうだ?」

 ニクシアは、何かを投げて寄こした。

 確認せずに反射的に手を伸ばしたユウトだったが、その重さにバランスを崩した。

「これ――――斧槍(ハルバード)! ニクシアの武器じゃないのか?」

「ん? 気にするな。同じのを100本は持っている」

 彼女は闘技場の隅を指した。 どうやら、彼女の個人的空間(プライベートスペース)のようだった。 本当に斧槍と同じものが100本はありそうだ。

「なに、神代からここにいるのだ。暇で暇で……このダンジョンで採取できる黄金に似た鉱山から武器を作るのが趣味になっているのだ。もって帰ってくれ。日の届かぬ場所で朽ちさせるのは惜しい出来だと――――我は自画自賛している」

「それは、戦った俺が保証するよ。その斧槍は脅威だった」

「そうか、それはよかった……」

「それと!」

「?」

「暇をしているなら、また来るよ。 いつか、必ず――――いや、近い内に!」

「――――」と驚いた顔を見せたニクシア。

「王になってから来いと言ったではないか」と彼女は笑った。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

 ダンジョン『炎氷の地下牢』では、調査のために冒険者やギルド職員が激しく出入りしていた。

「しまった。これは目立ちすぎる」と手に入れた斧槍を持ち余らせながらも、気配を殺して、息を殺して、空気のように、誰にも見つからずにダンジョンから抜けだす。

 本当に暗殺者に転職すべきではないのか?

 そんな事を考えながら、町に戻る。 新たに更新された魔導書の料理メニュー。

 それを現代の言葉に翻訳を終えた彼は食堂に向かう。
 
 しかし、食堂の前には、冒険者ギルド――――そこの立っている人影。

 きっと、偶然だったのだろう。

 彼は――――ミカエル・シャドウだった。

 ユウトとミカエルは互いに驚いた顔のまま、動けなくなった。