正面から蹴りを受けたユウトの体。ケンタウロスの高い背からは、彼の無防備な背中が丸見えになる。

 彼女は手にしている斧槍(ハルバード)を逆手に構えて、突きを放った。

 だが、彼女の斧槍はユウトに届かず弾かれた。

 ユウトの背中に魔力によって時空が歪んでいた。  防御魔法――――炎壁(イグニスムルス)が出現して、彼を守ったのだ。

「なんと! 隠していたのか!」と彼女、ニクシアは驚いた。

 今までのユウトは、魔法を発動する時に杖を振っていた。

 必ず、杖で狙いを定め、詠唱を破棄しても魔法名を発動条件にしていた。

「完全な無詠唱――――魔力を放出するだけで、魔法を使えることを隠していたのか?」

「切り札……と言うには、不安定で発動しない可能性もあったからな。賭けだったぜ」

「賭けに勝ったつもりなのか? 言ったはずだぞ? 次は、その魔法防御壁ごと貫いて見せる――――とな!」

 彼女は斧槍(ハルバード)を引く。 本気だ――――彼女は、本気で魔法防御壁を切り裂き、破壊するつもりだ。 

 そのために、槍の先端ではなく、破壊力のある斧部分を叩きこもうと振りかざす。

 だが、この時――――勝利を確信していたのは、ニクシアではなくユウトの方だった。

 彼が欲しかったのは、詠唱する時間。 この一撃でニクシアを倒す事を決めていた。

 しかし、彼女に魔法攻撃は効果的ではない。彼女が身に纏う防具は、魔法対抗の強い黄金の鎧。 完全無効化とまでいかないにしても――――ユウトの魔法は、ほぼほぼ無効化される。

 だから、彼は考えた。 魔法攻撃が無効化されるとしても――――魔法で倒せる方法。

「汗をかいてるな、ニクシア」

「――――なに?」と名を呼ばれて、斧槍を止めた。

「それは、俺の魔法である炎剣の効果。威力は無効化されても、その余波である熱は防げない証拠だ」

「それが、どうした? 時間稼ぎか?」

「もちろん――――それもある」とユウトは詠唱を始めた。

「詠唱 凍てつく極寒の風よ 静かに我の敵を閉ざせ――――冬嵐《ヒエムステンペスタス》」

「ふざけるな!」と魔法による防御壁を破壊するニクシア。

 そのまま斧の刃をユウトの首に――――届かない。

 ユウトの魔法――――吹雪がニクシアに叩き込まれる。 巨大な魔物でも氷漬けにする氷系魔法。 

 ユウトの切り札というよりも、もはや最終兵器。だが、その効果は――――

「なめるな! この程度の魔法で我を止めれると――――」

 事実、ニクシアが止まったのは僅かな時間。 

 それでも、ユウトが追撃するのに十分な余裕があった。 

 しかし、ユウトは追撃の魔法を放たない。 その必要は既にないからだ。

 「この!」と覆われた氷を純粋な膂力のみで砕く。 再動を開始するニクシアはユウトに襲い掛かろうとする。 しかし、できない。

 彼女の動きが明らかに鈍くなった。 振るう斧槍ですら、遅く感じられる。

「その鎧――――当然、金属だ。 気温の低下は、生物のそれよりも激しい」

 ニクシアの身に起きたのは寒冷障害。 魔法は効かなくても、熱の変動までは防げないのは確認済だった。

 彼女の体は、温度を高めるために激しく震え出す。 手足の末端にも痺れが確認できた。

 意識は混濁し始めているのだろう。 斧槍が手から離れてゴッと鈍い音が鳴る。

 そのまま、彼女自身も地面に倒れた。

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・・・・・・

・・・・・・・・・・  

(イグニス)

 ユウトの手に火が灯る。 攻撃魔法ではなく、緩やかな温かさが周囲にも広がる。

 彼の前には、ニクシア。 冷たくなった鎧は外されている。

「――――ん? 我は、一体……」と彼女は目を覚ました。

 ユウトの姿と自身の姿を見て――――

「我は負けたのか? なぜ、敗将である我の命を奪わない」

「なぜ命を奪われないのかって聞かれても……理由はない」

「? 冒険者であろう? 魔物を殺すことに躊躇いなどないはずでは」

「なんだろう? 最初に戦った蜘蛛女(アラクネ)のシルキアと戦った時も感じたけど―――― お前たちって魔物と何か違う存在だと思って、俺の直感だけどな」

「シルキアと戦ったのか。よく生き残れたな――――なるほど、彼女も生きているのか」

「あぁ、元気に生きてるよ。再開の約束もしてるんだ。だからかな? 彼女の仲間を殺すと後ろめたいって思ったのかもしれない」

「愚かな……だが、有資格者とは、そういう存在であるべきかもしれないな」

「えっと、悪いけど……有資格者ってなんだ? この魔導書(グリモア)はなんだ?」

 ユウトの疑問。 それに、どこか呆れたようにニクシアは、答え始めた。

「いいか、その魔導書(グリモア)が所持できるのは、王権者として認められた者のみ」

「認められた者? 王権者? えっと……誰に認められたの? 俺?」

「それは――――」と彼女を指を指した。

「神によって認められたのです」