「……また、丸焦げだ。これじゃ素材は期待できないか」

 ユウトは、戦闘の緊張感から解き放たれ、その場に座り込んだ。

「やりましたね、ご主人様」とエイムが背中から顔を出した。

「お前のおかげだよ。ありがとうな、エイム」と自然と彼女の頭を撫でる。

 そんな2人に駆け寄ろうとするメイヴだったが、彼女よりも早くユウトに駆け寄って行ったのが、意外の女性だった。

 彼女はオリビア。ユウトの代わりにミカエルたちの仲間に入った大魔導士(アークメイジ)であったが、

「す、凄いです! 今の魔法はどうやって放ったのですか? 魔力源が2カ所あったように思えましたが? 何を媒体にして――――」

「いや、えっと――――」とオリビアのの勢いに気圧されるユウトだったが、思い出したかのように―――

「君、だれ?」と口にした。

「し、失礼しました!」とオリビアは、初対面であることを自覚したのか、頭を下げる。

「私はオリビアと言います。オリビア・テイラーです。研究者から大魔導士(アークメイジ)の資格を取ったらばかりの新人冒険者です」

「そ、そうか。俺の名前はユウト・フィッシャー……君の前任者ってところかな?」

「前任者……ですか? あんなにも、お強いのにどうして……?」

「いくら強くても、ただの魔法使いじゃダメなんだってさ」と彼はお道化たように言った。 

「ただの魔法使いだなんて……あんな戦い方は初めて見ました! どなたに師事を受けていたのですか?」

「どなたに師事って言われても……独学?」

「――――」と彼女は絶句した。 魔法使いは、成長するのに長い時間が必要だ。

 だからこそ、指標とする師を持つのが一般的であった。

「凄い……本当に凄いです。わ、私は、あなたの、ユウトさんの代わりが務まるとはとても思えません」

「ん~ それは、ミカエルたちに聞いたほうが――――」

 ユウトはミカエルがいる方角を見た。 しかし、不穏な何かを感じ取る。

 そして、殺意――――殺意が向かっているのは――――

「逃げろ! メイヴ!」

「え?」と名を呼ばれた彼女は、背後に接近する者に気づかなかった。

 完全に気配を消して、S級冒険者の背後を取れる者はいるだろうか?

 しかし、その者はここにいた。 そして、メイヴの背後に剣の刃を突き立てた。

 ユウトは見た。 倒れていく彼女の姿を――――

 そして、卑劣にも背後から彼女を襲った人物を見た。

「なぜ、どうして彼女を刺した! 答えろ――――ミカエル!」 

 だが、彼の表情は虚ろ。感情の起伏が失われている。

 その瞳には空虚が浮かび上がり、きっと彼には現実感は薄れているのだろう。

 ミカエルは、彼女の――――自身の血で溺れているようなメイヴの血を掬い拾う。

 彼は、さらに表情から感情を消し去るように血化粧を施す。

 あまつさえ、髪を赤く染めていく。 そこで見え隠れする狂気は、ユウトが知るミカエルではなかった。

 彼の変化は、それだけではおさまらない。 キング・ヒュドラとの戦いで失った片腕。それが再生している――――いや、再生と言って良いのだろうか?

 その腕は、彼の精神と示すように異常な怪物の腕をしていた。

「何を――――ミカエルに何をした?」

 その言葉は彼の背後に立っている彼女に向けられた言葉だった。

「答えろ! レイン・アーチャー!」

 激高。怒気を孕んだユウトの声にも彼女は動じる様子は皆無。

 どこまでも平坦な抑揚で彼女は超える。

「何をした? 困ったわ。そう言われてもね…… 強いて言うなら彼の夢を叶えてあげた……かな?」

「夢……何が夢だ! こんなものが、あのミカエルの夢なものか!」

「それは、貴方が気づいてなかっただけでしょ?」 

「――――何を!」

「彼の夢は、栄光と名誉。その2つに天井知らずの執着心を見せていたわ。だから、私は叶えてあげた――――栄光と名誉を容易く手に入れれるほどの力を!」

 それを証明するようにミカエルは、ユウトの前に立った。

 その背後には倒れたメイヴ……死んではいない。 しかし、助けに走ろうとする気持ちを拒むようにミカエルは立っている。

「彼女を、メイヴを助けたければ、倒してみろって事か? 上等だよ!」

 その言葉と同時にユウトは魔法を放った――――『炎剣(イグニスグラディウス)』   

 さらに、自身の魔法に合わせて前方に駆けだす。

(ミカエルは前衛の聖戦士。魔法攻撃は対処される。だが――――)

 ユウトの予想通り。 彼は迫り来る魔法『炎剣』に対して、自らの剣で切り払った。

「魔法切断――――見事だ! しかし、ここで隙が生まれる!」

 接近したユウトは、盾を振り回す。 平べったい盾……しかし、高速で振るう事で鋭利な切れ味を生み出す。

 斬ッ!

 しかし、盾は盾だ。精々、切れ味はナイフ程度だろう。

 ミカエルは腕で防御する。怪物の如き、醜く変化した彼の腕。

 斬りつけたユウトに伝わってきた感触は、鋼の防具を連想させる。

 さらには攻撃終わりの隙を突かれる。 ミカエルの攻撃は単純な前蹴りだった。しかし――――

「ぐっ――――!?」とユウトは強烈な浮遊感に襲われる。

 軽量な玩具にでもなったかのように、浮き上がった体が後方へと吹き飛ばされていった。