実を言えば、ユウトの動揺はメイヴにも伝わっていた。

 それでいて彼女は――――

(どうして、貴方はそれほどまでに、自分に自信がないのでしょうか?)

 そう思っていた。それほどまでに彼女のユウトへの評価は高い。

 ミカエルたちの方針――――長時間、長距離を走り続けて戦術。 前衛は、完全に後衛を守るわけではない。

 身を守るためには、常に回避と魔法を放つための位置取りを頭に入れなければなかったはず。

 彼等の速攻的な戦術はユウトを特殊な魔法使いに昇華させていた。 

(事実、今の貴方は単独で魔物と戦えている。そのような魔法使いがどれだけ貴重なのか、きっと貴方は気づいていないのでしょうね)

 だから、不謹慎ながら彼女はこの機会を――――ユウトの戦いを見学できる機会を楽しみにしている自分に気づいていた。

「しかし、奇妙だ。このダンジョンに出現する魔物だが、こんな蛇の魔物が大量に出現するような場所ではなかったはずだ」

「そうなのですか。私は、このダンジョンの知識が少ないので、この状態が既に異変が起きてる……そういうことなのですね」

「これは……言ってもいいのかな?」と聞こえてきたのはユウトの背後。 エイムが口にした言葉だ。

「どうした? 何かわかることがあるのか?」

 彼女は、ただのメイド幼女に見える。しかし、その正体は、エルフが信仰する聖樹の化身。その本質は神々に等しい者だ。そんな彼女は――――

「おそらくなのですが、この魔素の乱れは、ご主人さまが封印を解いたのが原因だと思います」

「封印? 俺が? 何かの間違いじゃないのか。心当たりがないのだが……」

「例えば、例の魔導書(グリモア)を手に入れた場所はどこですか? 封印されていたダンジョンを攻略したのではありませんか?」

「――――そうか。それは、心当たりはあるな」

 彼は――――

(少し怖いな。俺が力を入れる代償が、こんなにも世界に変革を与えるなんて、でも俺は――――)

 そのユウトの思考は途中で止まった。 前方に出現した魔物に意識を持っていかれる。

「メイヴ……あの魔物」

「はい、今までの魔物と同じタイプではありますが……強いですね。強化種でしょうね」

 その魔物は、キング・ヒュドラが召喚した取り巻きの1匹だった。

 しかし、前任の主であり、ミカエルたちに最初に討伐されたもう1匹のキング・ヒュドラ。その死骸を食した事で急激に強化されたのだ。

 名前は――――『多頭蛇(マルチヘッドスネーク)

 4つの頭。 1つ1つが人間1人を丸のみできそうなほどの大きさ。

 ならば、頭首から繋がる胴体は――――想像どおりの巨体。

 大型魔物に分類する魔物だ。

「ユウト、未知の蛇型魔物と戦う時の鉄則は知っていますね?」

「うん、毒や石化攻撃に受けないために魔物の頭から直線上に立たない」

「できますか?」

 そう言われて、ユウトは力強く頷いた。

「では、行きましょう。タイミングを合わせて――――今です 散!」

 ユウトとメイヴは多頭蛇の左右に分かれて飛び出した。

 2手に別れての奇襲攻撃。 しかし、そもそも多頭蛇は頭が4つ――――器用にも2つ、2つに分かれてユウトたちを追撃しようとする。 しかし――――

 既にユウトの詠唱は始まっていた。

「詠唱 灼熱の炎よ、我が身を包み込み、敵の攻撃を跳ね返せ――――『炎壁(イグニスムルス)

 炎の効果が付加された魔法の防御壁が出現する。 それもユウトの姿を多頭蛇から隠すように――――

 これで、多頭蛇が毒や石化の能力を持っていてもユウトに届くことはない。

 逆にユウトの攻撃は――――

「詠唱 我が手に宿る炎の力よ 今こそ力を見せて焼き払え――――『炎剣(イグニスグラディウス)』」

 彼の魔力よって出現した炎の壁は、同じ魔力によって放たれた炎の剣は阻害される事なく壁を通過していく。

 その直後、炎の剣が多頭蛇に突き刺さる。それも複数――――

 通常の魔物なら、これだけで戦闘不能。 強化種だからと言って致命的なダメージだ。

 さらに加えて、ユウトの逆方向。 高速で移動して多頭蛇の口から吐く毒も、その眼光から放たれる石化の呪いも―――― ただメイヴは速く動くだけで無効化していく。

 そして、当たり前のように接近した彼女は剣を一度だけ振るうと、多頭蛇の2本の首は無慈悲に地面に転がった。

「やれやれ、1匹だけなら苦戦する相手ではないようですが、同時に複数現れたら厄介な相手ですね。先を急ぎましょうユウト」

 なぜか満足したような微笑みを向けるメイヴにユウトは――――

「もしかして、ご主人さまは自信喪失しているのですか? それともメイヴに見蕩れているのですか?」

 「なっ!」と彼はエイムの言葉に動揺した。それから――――

「……両方だよ」と素直に認める事にした。