ダンジョン 『炎氷の地下牢』

 取り残されたミカエルたちは、大岩で隠れていた横穴に入って身を隠している。

 穴の中には2人だけ。ミカエルと新人のオリビアだけ。

 レインは、斥候として周辺を見張りに出ている。

 彼等は助けを呼ぶため突破力の強い『剣聖』ケイデン。

 その補助として『大神官』エリザをダンジョンから脱出させた。

 それからダンジョンを徘徊する主――――  キング・ヒュドラから逃げるために、入り口から逆方向へ。 皮肉にも、離れて行かなければならなかった。

「ミカエルさん、大丈夫ですか? やっぱり回復薬を使った方が……」

「いや、大丈夫だ、オリビア。いつ脱出できるのかわからない。回復薬の残りは2本――――ここで使うわけにはいかない」

「でも、レインさんの痛み止めは……」

「大丈夫だ。俺には毒耐性がある……こう見えて『聖騎士』の修行も終えているからな」

 怪我を負ったミカエルに渡されている痛み止めの薬。 レインが渡した物だが、その効果は怪しい。 

 精神が向上して、眠気が襲って来ない。

 何時間でも起きて戦い続ける事が出来そうな感覚になっている。

 何より、もっと、もっと、もっと、もっと、大量に飲みたくなっていく。

 それはミカエルの毒耐性を貫き、彼の精神に影響を与えている。

 しかし――――

「――――動くな。オリビア」とミカエルが声を潜める。

 何かが地を這う音。魔物が近づいている。 

 それは、キング・ヒュドラの眷属。 主が召喚した取り巻きが何匹も――――いや、あれから数も増えて数百匹まで増えているかもしれない。

 おそらくダンジョンの生態系を大きく崩しているほどに――――

 その内、1匹がミカエルたちが隠れている穴に顔を覗かせた。

 次の瞬間、「破っ!」と裂帛の気合を入れた刺突。

 彼の刺突は、魔物の顔面を捉えた。しかし、相手はキング・ヒュドラの眷属。

 本体同等に首は1つだけではなく、2つあった。

 無事な頭が牙を見せてミカエルを襲う。 彼は突きを放った直後の体勢。

 とても回避はできる状態ではない。 だから、剣を持ってない腕――――打撃でミカエルはカウンターを放った。

 こうなっては、怯む魔物を仕留めるのは容易。 再び、剣を振るって魔物の首を撥ね飛ばした。

「ふっ――――」と戦闘を終えて、息を吐くミカエル。

 そんな彼にオリビアは「無茶は止めてください!」と怒鳴った。

「そ、そんな腕で殴るなんて……いくら、回復薬で消失した腕も治るとは言え……無茶をしすぎです」

 彼女の言う通り、彼の腕は肘から先が無くなっていた。

 キング・ヒュドラとの戦い。 撤退戦で彼は、優先的にケイデンとエリザを逃がすために殿(しんがり)に立った。 

 腕を失ったのは、その時の負傷だ。 しかし、彼は頑なに回復薬を口にしない。

「確かに回復薬は残り2本です。 貴重ではありますが……」

 しかし、オリビアの言葉を遮るように人影が近づいてきた。

 それはレインの影だった。

「あら、やっぱり1人で見張りはダメね。こんな魔物を見逃すなんて」

 彼女は魔物の死骸を蹴り飛ばした。 

「心配しなくても大丈夫よ。私が用意した薬は、回復薬(ポーション)ほど強力ではないけど、効果には自信があるのよ」

 そう言って、彼女は取り出した薬をミカエルに無理やり飲ませた。

「……助かったよ、レイン。痛みが引いた」

 そういうミカエルの顔は表情が抜け落ちかのような不気味さをオリビアは感じていた。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 ユウトたちはダンジョンの序盤、いきなり大量の魔物に囲まれていた。

「妙ですね、このような魔物は見たことがありません」
 
 メイヴはそれだけ言うと、まるで処理するかのように淡々と剣を振る。

 ユウトが支援攻撃をする間もなく、囲んでいた魔物を殲滅してみせた。

「やっぱり、S級冒険者は別格だ。散歩をするように、この魔物の群れを倒していくなんて」

 ため息交じりの称賛の声を送ると、

「そんな事はありませんよ。剣を学べば、すぐにユウトも同じ事ができるようになりますよ」

 お世辞としか思えない言葉だが、メイヴの表情は本気だった。

(もしかして、本気で俺を魔法剣士として、このレベルの剣技まで鍛えるつもりなのか?)

 そう思ったが、ユウトの探知魔法が反応した。
 
「また新手の魔物が前方から出現する。 支援を――――」

 ユウトが言い切るよりも早く彼女は、

「わかりました」とだけメイヴは告げて、すでに駆け出していた。

 そして、その剣技は出現した魔物を瞬時に討伐してみせたのだ。

「――――っ、本当に支援すら間に合わない速度で戦う。本当に俺がいる意味があるのか?」

 そのレベル差に軽くない衝撃を彼は受けた。 

 しかし、その本人であるメイヴは、ユウトもいずれ同じ事ができるようになると信じて疑っていない様子だ。

 2人のバランスの悪さ ――――それを感じているのはユウトだけだが―――― バランスの悪さが徐々に大きく広がって、いずれ大きな失敗を巻き起こすのではないか?

 そんな不安が生まれつつあった。