トマトチーズ牛丼。

 トマト――――それは未知の食べ物だ。

 ユウトは瞳を閉じた。

 目で楽しむのも食事に重要だろう。しかし、彼は目で楽しむのを止めた。

 味覚を楽しむ事に集中ため、視覚を遮断したのだ。

 その初邂逅(ファストインプレッション)は――――

(甘み……野菜の甘みか? 遅れてやって来る味……これは酸味だ。甘みと酸味の組み合わせ。下手をすれば不快な組み合わせではあるが、意外とバランスが釣り合っている)

「そうか!」とユウトは気づきを得た。

「このトマトの正体……野菜でありながら、果物の要素が存在している」

 後の世では、トマトは果物か? 野菜か? と論争が生まれる。

 法的な裁判で争うことさえ起きるのだが……

 この時、ユウトが下した判断は

 「野菜と果物の性質を備え合わせている」

 ――――だった。

「甘さと酸味。それが不快にならない爽やかな味わい……これは非常に面白い!」

 新しい食感。それを楽しみながら例にもれず完食したユウトだった。

 しかし、次に出された品に彼は戦慄することになる。

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「再現できた料理は、現時点じゃこれが最後だ」

 店主が持ってきた牛丼。 それは――――赤かった。

「この名前は、ファイヤー牛丼だ」

「ファイヤー牛丼……?」と思わず聞き返すユウト。

「この赤さは、おそらく唐辛子の赤。 それに振りかけられているのはニンニクを油で揚げた物。ガーリックチップを砕いたものなのだろうが……赤く染められてないか?」

「相変らず、辛いものが苦手か? 心配するな、こいつは食べやすく、空さも控えめだ」

 店主の言う通り、彼は辛い物が苦手だった。 

「――――本当だろうな? そう言って何度騙されたか」

「心配いりませんよ、ユウト」とメイヴ。

 彼女を見たら、普通に食していた。 隣のエルムも「美味しくて食べやすいですよ?」と平気そうに口に運んでいる。

「このニンニクですか? コロコロとして、ホクホクして、異国の地で食べた馬鈴薯うをおもいだします」

 メイヴの言葉に促され、彼は食べる覚悟を決めた。

 しかし、メイヴと、その横で「凄い! 美味しいです!」と食べてるエイムはエルフ。 エルフの感覚はユウトとは違っていた。

「……まずはニンニクから」と上に乗ったニンニクを口に運ぶ。

 ゴロゴロとしたニンニクそのものを揚げたもの。 噛み砕くと驚きが待ち受けていた。 その肉厚な部分は、ニンニクをまるごと揚げにされているため、口の中で踊っているような感覚がやって来る。

 その食感――――

 柔らかな食感が広がり、ニンニクの中に含まれる水分が解き放たれる。

 ホクホクとした食感が口いっぱいに広がり、噛むたびにニンニクの風味が口腔内に満ちていく。
 
 そのホクホクさ――――噛み締める。 不思議だ……

 噛むたびに生命を宿しているかのように感じられる。その不思議な感覚に酔いしれながら、揚げされたニンニクの独特の風味を味わい尽くしていく。

「確かに美味しい。 これなら食べれそうだ」

 ユウトは、そう思ってしまった。 そして、この後には後悔が待ち受けているのだった。

 赤さとは、すなわち辛さの象徴である。 辛そうなスパイス――――真っ赤な唐辛子の粉がまぶされている。

 バランスよく、白米、牛肉、そして――――辛み要素の唐辛子まみれのガーリックチップ。

 それを頬張る。すると――――

 辛さが口の中に広がり、舌が痺れるような鋭い感覚に襲われた。

 それは痛みと表現することですら可能だろう。辛みとは痛みとの戦いなのだ。

 それでも、負けるものかと食を進めていく。

(けど、ここで止まるわけにはいかないんだ。 まだ、前に、もう少し――――まだ俺は戦える!) 

 汗が零れ落ちる。 体温が上がっている。

 ユウトは感じた。胸の中心に熱さが宿っていく感覚を――――

 抑えきれない感情を表現するために、その場で激しく足踏みしたくなる。 

 辛い刺激に苦しむ彼は、水を――――水がない。

「店主……水を、頼むから水をくれ」

「あいよ」と店主はゆっくりと、それでも水を運んできてくれた。 どうやら、彼も鬼ではないようだ。

 置かれた水を素早く手に取り、刺激物まみれの口内に送り込む。

 水を大量に摂取することで辛みの中和――――必死に辛さに耐えようとする。

 しかし、不思議なことが起きた。

(慣れてきたのか? この辛さに……いや、麻痺してきただけか?) 

 辛さに少しずつ慣れていくユウトの味覚。

 牛肉の旨味がじわりと広がっていくのが分かり始めてきた。辛さと旨味が絶妙なバランスを保ちながら、舌の上で踊り続ける。

 彼の表情も次第に和らぎ、辛さに挑戦すること。普段では味わえない、新たな味わいを発見したのだった。

 それは新鮮な感覚である。

 苦手なはずの辛さみ。少しずつ自分の中で味覚の一部となっていく感覚。 

 そして―――― 乱れた呼吸は、辛みへの挑戦の末だろうか?

 彼の前に置かれたどんぶりは空になっている。

 ならば彼は、自身の血肉になってくれる食への感謝を忘れない。

 手と手を合わせると――――「ごちそうさま」と頭を下げた。

 すると、彼の身に不思議な事が起きた。