目的地である食堂に到着したユウト。

 最初の予定とは違い、彼だけではなく3人組。メイヴとエルムも連れているが、店主は気にした様子はない。
 
 どうやら、彼は事前に予定変更の連絡を入れていたらしい。

「うむ……準備はできてる」と店主は険しい顔。 まるで、これから戦場に行くかのような表情だ。

「無茶な依頼に答えてくれて感謝を――――」

「いや、気にするな。ただし、約束通りにメニューは使わせてもらうぞ」

「それは、もちろん。では、少しまってろ。調理が終わった順番に運んでくる」

 それだけ伝えると店主は早足で店奥に消えていった。

「これから、何がはじまるのですか?」と何も聞かされていないメイヴは不安そうだ。

「何って……ここは食堂だから、食事を――――ただし」

「ただし? ただし、なんですか?」

「ある冒険で手に入れた魔導書に書かれていた料理も再現して貰った」

 これにはメイヴも驚いた。 彼女もS級冒険者であるが、魔導書を手に入れた経験は数えるほど…… それも料理? 

「待ってください。魔導書に料理が書かれていた例など、私も知りませんよ」

 困惑するメイヴだったが、それを止めたのエルムだった。

「待ちなさい、我が子よ。魔導書と言っても、後世に邪悪で危険な魔法を残すためだけの物とは限りません。 そういう料理もあるでしょう――――たのしみですね! ご主人さま!」

 いつの間にか椅子に座っていたエルムは、フォークとナイフを両手に持って、足をブラブラと揺らしていた。

 本当に楽しそうだった。

「そんなわけで、メイヴとエルムにも魔導書に書かれていた料理に妙な点がないか、一緒に食べて貰いたい」

「それは構いませんが」とメイヴ。

「私はユウトみたいな大食漢ではないのですよ?」

「その点は大丈夫。事前に店主に連絡済……通常の量ではなく味見程度の量にしてもらっている」

「そうですか。なら安心ですね」と彼女は安心そうに見えなかった。

 彼女が少食……なんなら、朝は食べないタイプだ。    

(一体、どれほどの量が、テーブルに並ぶのでしょうか?)

 不安気味。 それは、超大食漢であるユウトが言う味見程度の量が、全然信じられないということもあってだ……

 それから、暫くして店主が戻ってきた。 まずは3人の前に氷入りの水が並べられた。

 そして、次に料理が運ばれてきた。

「なんですか? これは?」とメイヴは不思議そうに言う。

(初めて見る料理だ。肉と野菜を煮込んだ料理なのはわかる。しかし――――)

 彼女は上に添えられている赤い物体を持ち上げる。

「これは何です? よく見れば野菜……のように見えます」

 さらに肉と野菜の煮込みの下に注目すれば、米が詰められているのがわかった。

 白米が上に置かれた煮込みのお汁を吸いこんでいる。

(とりあえず、魔導書に書かれていた料理とは思えないほどに普通の食べ物……魔術的な要因はなさそうですが……)

 熱々のご飯と肉から立ち上る誘惑的な香り。タレの甘辛さと牛肉のうま味が香り立っているのだ。

 初めての食べ物に警戒心を隠せないメイヴの横で、エルムは――――

「懐かしいです! これは牛丼ですね……何百年ぶりになります」

「牛丼……ですか?」とメイヴは聞き返した。

「そうですね。魔導書を残した古代文明では、普通に食べられていた料理ですよ」

 そう言って口に運ぶエルムを見て、彼女も覚悟を決める。

 スプーンですくったのは――――紅ショウガ、牛肉、ご飯。 その3種類をバランスよく乗せると、ゆっくりと口内へ運んでいった。

 その味は――――

「美味しい!?」

 牛肉とご飯の甘み。 そして、味のアクセントとして使われる紅ショウガ。

 甘みに対して、少なめの辛みが不思議な爽やかさを生み出している。

 さらに彼女は食を進めていく。

(見事な味の調和です。それから口の中でほどける食感が楽しめて――――これは野菜? 玉ねぎですね。ご飯やお肉に負けていない野菜の甘み。それにシャキシャキの歯応えです)

「これは非常にユニークで、美味しい食べ物ですね。ユウトも――――」

 彼女は言いかけて止まった。なぜなら、彼女が食べている試食用の牛丼ではなく、並盛の量。

 ――――どんぶりに盛られてはずの白飯は既に消えている。

 さらに店主が用意した次のどんぶりに手を伸ばしていたからだ。