杖の化身を名乗る幼女。 彼女の頭にメイヴは手を当てる。

 それから、何がを読み取るように――――

「確かに彼女は、あなたが持っていた杖の化身――――より正しくは、聖樹に住んでいた精霊に間違いありません」

 そう言って、幼女の前で片膝を地面に付けると、首を垂れた。

 まるで王族の少女に忠誠を誓うエルフの騎士――――しかし、忠誠を誓われる方がメイド服。 誓う方が寝起きのパジャマなのでは《《さま》》にならない。

 「さぁ、ご主人さま。わたしが本物の化身だとわかったでしょ?」

 メイド服の幼女は「エヘッ」と胸を張ってみせた。 それから――――

「あらためて、お世話になりますね。ご主人さま!」と声を弾ませた。

 しかし、ユウトは困った。 

 子供を預かるということは、命を守護することだ。

 その責任は重い。 まして、その日暮らしの冒険者。

「ダンジョンから戻ってこれなくなる事もあれば、そのまま朽ち果てることがある。それが冒険者だからなぁ」

「それなら、大丈夫ですよ。ご主人さま?」

 杖の化身は、むしろユウトの方が変な事を言ってるような感じだった。

「わたしもダンジョンについていきます」

「いや、さすがにそれは――――子供をダンジョンに連れて行くわけには――――」

「いやいや、何を言っているのです、ユウト?」とメイヴが止めた。

「お前は、何年も一緒に彼女とダンジョンに潜っていたではありませんか?」

「え? 何を言ってる?」とユウトは困惑する。

「毎日、彼女を背負ってダンジョンに潜って、彼女を振るっていたじゃありませんか?」

「いや、彼女を背負った記憶も、振るった記憶も――――いや、待て。振るった!?」 

 ユウトは自分が少女の体を掴んで、魔物に向かってぶつけようとしている様子をイメージした。

「――――何を想像しているのですか? 彼女は、あなたが使っていた杖ではないですか」

「……確かに」と彼は呟く。 ユウトには、目前の幼女が自身の武器だと結びつけることができなかっあのだ。

「彼女は精霊ですよ? それもエルフが信仰する聖樹の精霊。 そこら辺のベテラン冒険者よりも強い存在ですよ」

「う~ん」とそう言われても納得することは難しい。

 神聖な存在であり、人間よりも上位存在。そう言われても子供の姿をしている。

 子供連れでダンジョンに潜るのは倫理的に大丈夫なのだろうか?

「だったら、試してみましょう!」と言うのは杖の化身ちゃん。

 彼女は、ユウトの背中に飛び乗った。 

 急に飛び乗られたユウトも焦るが……

「確かに、普段から背負っていたような感覚が……」

「実際に、背負われるのは当たり前でしたからね」と幼女は、どこか楽しそうに見えた。

 結局、ユウトが彼女を預かることになった。

「そう言えば……名前はあるのか? いつまでも、杖の化身って呼ぶわけにはいかないと思うのだが」

「そうですね。では、私のことをエルムとよんでくださいね、ご主人さま!」

・・・

・・・・・・     

・・・・・・・・・・

 ――― 次の日 ―――

 ユウトは、約束していた食堂に向かう。

 彼は普段着だ。最近、身に付けている重装備の武装は外している。

 せいぜい、護身用武器に杖を腰に帯びているくらいの恰好をしていた。

 それに加えて――――

 横にはメイヴが並んで歩き、背中にエルムがメイド服のまま乗っている。

 まだ、早い時間帯。

 しかし、冒険者ギルドがある場所は、町の主要道路を通っている。 朝とはいえ、人通りは少なくはない。

 すれ違う人々は、一瞬驚いた表情をして凝視したり、振り返っている。
 
「これは中々、視線が気持ちいいですね。さすがは、精霊さま」とメイヴは呟いた。  

「うん、エルフはわたしの子供のようなものなので、満足してくれて嬉しいです」

 エルムは「いい子、いい子」とメイヴの頭を撫でた。

 ユウトは2人の会話が分からなかった。 

 実は彼がいない間に2人は話していた。

 昨日の事だ。

「メイヴって、ご主人さまの事が好きなのですか?」

 単刀直入なエルムの言葉にメイヴは慌てた。

「せ、精霊さま!? わ、私は彼の事を、その――――憎からず思って、いえ! 結婚の約束をしています!」

「うわぁ! それはおめでとうです! 孫を見るのが楽しみです」

「ま、孫ですか? それは気が早すぎるのでは?」

「いえいえ、人間の寿命はエルフ族より短いのですよ。人間には、思いついたら吉日という言葉があります。互いに心を愛しむには、時間はいくらあっても足りませんよ!」

「た、確かに! さすが精霊さま! 含蓄ある言葉に重みがあります!」

「そうですね。具体的には外堀を埋めていきましょうね!」

「そ、外堀ですか?」

 この時、エルムが言った外堀を埋める作戦。 それがこの状況だ。

 S級冒険者であるメイヴが、元A級冒険者の男と歩いている。 子供を背負って――――それも、エルフ(に見える)子供だ。

 彼等を知る者たちから声が飛ぶ。

「ま、まさか、2人の間に子供がいたのか!」

「確かに、婚約したとか、結婚のうわさがあったのは事実だが……」 

 元より、町に広がっていたウワサ。

 そのウワサがウワサを加速させていく。

 彼、ユウトの知らない間に外堀は埋まっていくのだった。