300キロのモンスターが勢いをつけて全速力で突進してきた。巨大な体が地面を震わせ、風を巻き起こしていた。

 受ければ、簡単に吹き飛ぶ。 防御は論外――――

 その突進の勢いは、まるで鉄球の一撃。 重力そのものが衝撃となって襲い掛かってくる感覚。

(もう間に合わない回避は――――残された手は魔法による追撃しかない!)

 ユウトは杖を向ける。 彼とアラクネの間に魔法の遮蔽物が出現する。

 『炎壁(イグニスムルス)

 炎の壁。魔物の猛攻を防いでくれるだが、今回が時間稼ぎにしかならない。

 だが、今回は時間稼ぎと目隠しが目的なので十分。 ユウトはすぐに次の魔法を発動させる。

 『大地の震え(テラトレメンス)

 それは名の通り地属性の魔法。 闘技場の地面は砂と土。

 均されていた地面は、変化した。 突進してきたアラクネを下から突き上げる。

「――――くっ! やりますね……しかし、私は八本脚、多少バランスを崩した程度――――問題はありません!」

 すでにアラクネはユウトの目前、その複数の足が彼に連撃を放った。

 彼は盾を構える。 一撃一撃が押し潰されそうな威力。

 しかし、速度を削り、バランスを削り、威力は大きく削る事に成功している。

 アラクネの空中からの連撃を耐え、受け、弾き、逸らす。

 既に空中でバランスを崩していたアラクネの体は、大きく重心が乱れる。

 均衡を破壊された彼女の肉体は、ついに地面に落下。

 皮肉にも、その巨体が原因で簡単には立ち上がれないようだった。

「――――まだ、続けるかい?」

 彼女の目前に杖が突きつけられた。 

「いいえ、参りました。私の負けです」

 ユウトに生死を握られた彼女であったが、不思議とその表情は朗らかだった。

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「それでは、こちらが約束の品です」

 アラクネは魔導書をユウトに手渡した。

「あぁ」と受け取る彼だったが、その態度を言葉で表現するならば――――

 解せない。

 そうなるだろう。それはアラクネにも伝わったようだ。

「何か、気になることでもございましたか?」

「そりゃ、このダンジョンはどういう所で、君は一体……?」

「知りたいのなら、その魔導書をお読みください。貴方の考える疑問の答えが、僅かながらに書かれていますよ」

「では」とアラクネは深々と頭を下げた。

 その姿は、魔物に見えない。 どう見ても人間のそれ……だから、ユウトは最後に――――

「君の名前は?」と自然と口に出た。

「はい?」と驚く彼女であったが、やはり朗らかな笑みを浮かべて

「私の名前はシルキアと言います。もう一度、会うことはないでしょうが、覚えてくだされば幸いです」

「なるほど、シルキア……俺の名前はユウトだ。ユウト・フィッシャーだ。また会おう」

 ユウトは最後に名乗る。 こうしてアラクネのシルキアとの戦いは終わた。

 
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 一方、その頃――――

 ユウトの場所とは遠く離れた別のダンジョン。

 ある集団(パーティ)が走っていた。 かつて、ユウトが所属してた仲間たちだった。

聖戦士(パラディン)』 ミカエル・シャドウ

剣聖(ソードマスター)』 ケイデン・ライト

高弓兵(ハイ・スナイパー)』 レイン・アーチャー

大神官(アークビショップ)』 エリザ・ホワイト

 その4人に、もう1人がユウトの代わりに新しく入った後衛職なのだ。

大魔導士(アークメイジ)』 オリビア

 彼女の名前はオリビア・テイラーと言う。

 大魔導士を加えて、戦力が強化されたはずの彼等。しかし、どうやら様子がおかしい。

 何かから逃げているようだった。 彼等の背後から迫り来る大きな影。

 その巨大さは、このダンジョンの主に違いない。

 九つの首を持つ蛇の巨獣――――キング・ヒュドラ。

 通常の毒を内からばら撒きながら、ここ一番では必殺の石化毒を凶悪な魔物であるが――――

 普通に戦えば、ミカエルたちの敵ではない。

 では、なぜミカエルたちは背後を振り返る間もなく逃げているのか?

「クソ! どうしてこうなった!?」

 ミカエルは、悪態をつきながらも思い出す。