ユウトは結界を越えて、闘技場の真ん中に立った。

「それでは」とダンジョンの主は、魔導書を背後に置いた。 

「こちらの魔導書(グリモア)は私に勝てたら差し上げます」

「――――」とユウトは無言で警戒心を高めた。

(ダンジョンの主は、通常の魔物よりも頭脳と戦闘能力は秀でている。しかし、魔物の共通点である人間への憎悪も同じはず)

 ユウトの言う通りだ。ダンジョンの主は、人間よりも――――

 単純に力が強く、

 体が頑丈で、

 膨大な魔力を有している。

 何よりも頭がよく、人間を相手に頭脳戦をしかけたり、罠にかけようとして者もいる。

 しかし、目前の女性は普通だった。 ユウトへの憎悪を感じさせない。

「勝ったら?」

「はい?」と彼女はユウトの疑問に首を傾げる。
 
「君と俺がここで戦うのか? 悪いけど、強いとは思えないが?」

「はい、私と戦っていただきます。これは仮初の姿――――今、正体を現すので少々お待ちを」

 そう言うと、彼女の体は――――

 バキバキ……

        バキバキ……

 ボキボキ……

        ボキボキ……

――――と、異常な音。 完全に骨から折れて、変形していく。

 変身した彼女。 その正体はアラクネだった。
 
 アラクネとは上半身が美しい女性でありながら、下半身は巨大な蜘蛛の脚を持つ魔物。彼女の目は深い赤色で輝き、人を惹きつけるものと畏怖させるものとが混在していた。

 防具として革の服を装備。 上半身はもちろん、蜘蛛の部分まで覆っている

 動物の革で作った服。 そう表現すれば、防具として疑問を持つ者もいるだろう。
 
 しかし、革の防御力が想像以上に高く、並みの剣なら切り裂くことは難しい。

 簡単な剣撃ならば、弾かれる。

 武器は8本の足、それから女性の腕には大弓を持っている。

「では、まいりますよ」と女性――――アラクネは微笑むと飛び掛かってきた。

 その場から大きくジャンプしての落下攻撃。

 地面を転がるように躱すユウト。 一気に接近戦に持ち込まれた。

 目前には大蜘蛛の足――――8本の足。その内、4本で攻撃を繰り出してきた。

 4本の足は剣のように鋭い。 生身の肉体は簡単に切り裂くに違いない。

「まるで四刀流……けど、4本腕の魔物と武器ありで戦うのは初めてじゃない!」

 盾で防御に集中する。連続攻撃を受けながら、隙を見て弾く。

 バランスを崩した直後を狙い、ユウトは魔法を放った。

炎剣(イグニスグラディウス)

 炎の斬撃。 しかし、革の防具には効果が薄いようだ。

 構わず、アラクネは攻撃を追加してくる。

 だが、既にユウトは後方に飛び、距離を取った。

「――――ッ! 盾をもった腕が痺れている。何度も受けれないな」

 アクネスの肉体。 蜘蛛の部分は、成人男性4人分の重さはありそうだ。

 ユウトは、軍属連中が訓練で行う騎馬戦を思い出した。

(だいたい、下半身の部分で250キロ以上……全体の重量は300キロくらいか)

 再びアラクネは飛び掛かって来る。

 単純(シンプル)踏みつけ(フットスタンプ)

 しかし、高度から落下してくる300キロの物体は脅威。

 下敷きになれば、一発で戦闘不能。即死も十分にあり得る。

 だったら―――

「だったら、追撃だ! ――――『風斬(ウェントゥス)』」
  

 風属性の魔法。ユウトが得意とする『炎剣(イグニスグラディウス)』より威力は落ちる。

 しかし、風の斬撃と共に発生する突風は、アラクネの落下速度にも影響を与えた。

 今度は十分な余裕をもってユウトは距離を取り、杖を構え直した。

 対するアラクネは「なるほど」と納得したように頷く。 

「ここに来れる実力があるはずですね――――手ごわい」

 彼女は肉体ではなく、唯一の武器である弓を引く。

 その弓矢は大きい。 人間では扱いきれない張力のはずが、彼女は魔物の力で軽々弦を引いて、矢を放った。

「その矢――――デカい。盾で受けても吹き飛ばされる!」

 ユウトは回避。 

 だが、二撃目が早い。 すで連射で放たれていた。

 今度も回避――――しかし、奇妙な体勢でユウトは体を止めた。

 そのため三撃目を受ける。 辛うじて盾の防御が間に合うも、ユウトの体は衝撃で浮き上がり、背後に吹き飛ばされた。

「……どうして、逃げなかったのですか?」

 追打ちをいかけないアラクネは疑問――――と言うよりも確認するかのようにように言う。
 
 それを答えるようにユウトは――――  『炎剣(イグニスグラディウス)

 魔法を放った。 しかし、狙ったのはアラクネではない。

 何もない空間。 しかし、何もないはずの空間が炎で爆ぜた。

「矢の後ろに蜘蛛の糸を付けていたのだろ? 気づかなければ動きが止められていた……だろ?」

「うん、いい観察眼ですね。さすが、冒険者ですね」

 ユウトの言う通りだった。

 彼女の武器である弓矢。 その矢に蜘蛛の糸を付着させていた。   

 もしも、彼が糸に気づかずに接触していたら、動きが制限されていただろう。
 
「それでは、ここからは真向勝負で行かせてもらいます!」

 そう言うと、彼女――――アラクネは突進をしてきた。