『|蒼き炎《ケルレウス・イグニス』

 それは メリスの魔導書『色欲』の力。 魔導書から発せられる青い炎は受けた者へ精神操作が可能となる。

「魔導書の力を使って、壊れたゴーレムの強化と操作を可能にした……ということか」

 アルカナは素早く魔力の分析を終わらせた。

 操作系の魔導書使いは、魔導書使いを操作することはできない。

 「ならば、戦いは相棒の力量に左右される。行け……マックス!」

 魔導書に魔力が込められた。 強化されたマックスが翔ぶ。 

 しかし、

 「……ユウトの言う通りだったわ。こんなにも簡単に罠にかかるなんてね」

 メリスの声はアルカナの耳に届いた。

「罠?」と声に出した。 

 アルカナは過去の大戦で活躍した英雄の魂。加えて、肉体はモンド王に仕える軍師。

 戦略、戦術に関しては、専門家…… 一瞬、反応して動きを止める。

 次の瞬間、

「ぐはァ! 」とアルカナは衝撃を受けた。 体が浮き上がり吹き飛ばされるほどの衝撃だ。

 それに気づいたマックスは、召喚者を庇うように動いた。

(流石、マックスだ。助かる……しかし、どうやって不意打ちを?)

 体を起こして状況を理解したようだ。

 ゴーレムは2体いた。

 メリスが乗っているのは、『強欲』が自身を封印していたゴーレムだ。
 
 そして、もう一体は、

 ユウトが地下路を攻略した時に最初に倒したゴーレムだ。
 
 しかし、その事実をアルカナたちが知るよしもない。

「ゴーレムを2体同時使役……当代の『色欲』は伊達ではありませんね」

「その輕口、いつまで続きかしらね? そのダメージは軽くなさそうよ」

 優勢となったメリス。 この時点で彼女は勝ちを確信していたのだが……

 「マックス、武装を変えよ。対複数戦闘用だ」

 アルカナは魔導書に魔力を送る。 マックスの体は魔力に包まれて姿が変わる。

 剣闘士は必ずしも剣で戦う者だけではない。見せ物としての要素が高いため、奇妙な戦闘スタイルを使う者も多くいる。

 その姿を見たメリスは動揺する。なんせ、

「なんなの魚みたいな株と。武器は三ツ又の槍と……網?」

 彼女の言う通りだった。 三ツ又の槍と言うよりも魚を突く用の銛?

 そして、片手で振り回している網。 漁師を連想する姿であるが……

 剣闘士の世界では、この戦闘スタイルは実在する。

 不意いにマックスが動いた。 狙いはメリスが操縦するゴーレムではない。

 彼女が魔力による遠隔操作で動かしているゴーレムだった。

 そのマックスの攻撃は投網のそれ…… 網は空中で巨大化するとゴーレムを覆った。

 剛力であり、パワフルに動き続けるはずのゴーレム。ただの網で封じられるはずもない。

 しかし、それはただの網なんかではなかった。

「いえ、正確には普通の網。それを後衛の、アルカナの魔力で封印概念を付加してる。そんなところかしら?」  

「正解だ。そして、これで終わりだ」 

 魔導書を通じてアルカナの魔力がマックスへ注ぎ込まれていく。

 マックスが持つ三ツ又の槍。禍々しい魔力が揺れて見える。

 対するメリスのゴーレムは胸部装甲が剥がれ落ちている。

 両手で防御を固めるも。それでも、マックスが放とうとする攻撃の魔力に耐えれそうにない。

「ちっ」と舌打ちをした彼女は、今も封印されて暴れ続けているもう1体のゴーレムの起動を停止させた。

 魔力を自身に集中させるためだ。
 
「魔力を集中させももの程度か。さらばだ……現代の『色欲』よ」

 その言葉に同調するようにマックスも

「────」と同調して声にならない叫びと共に攻撃を開始した。

 投擲された三ツ又の槍。空気抵抗によるものか、赤く染まりメリスへ真っ直ぐ飛んで行く。

 迫り来る投擲に対し、両手の掌を重ねて前に突き出すゴーレム。

 堅固なゴーレムの肉体。それをメリスは魔力を回して強化している。

 それでも、迫り来る槍は接触と同時にゴーレムの腕を砕いて進む。

「────まだ、もう少しだけ。もう少しだけ我慢して、耐えてください……姉さん」

「なに?」とアルカナは、聞こえてきたメリスの言葉に眉をひそめた。

(彼女の姉はS級冒険者のメイヴ。警戒すべき相手ではあるが……なぜ、ここで名前が?)

 そう思った次の瞬間だった。 アルカナは自身の喉から

「がァっ!」と異音が漏れたの聞いた。 それから、

「済まないな。待てと言われて、待てる性分ではないのでな」

 アルカナは振り向いて確認する。 背後にはメイヴ。その手に持つ剣は自分の背後を貫いていた。

「な、なぜ……今までどこに隠れていた?」 

 彼は前衛を操り、強化して戦うタイプの魔導書使い。もっとも警戒するのは、奇襲攻撃。

 戦いながらも伏兵を警戒する。

 だからこそ、どこに隠れていたのか? それがわからなかった。

「……」と無言のメイヴ。 しかし、ヒントは彼女の背後にあった。

「……そうか。もう1体のゴーレムの内部をくりぬいて隠れていたのか。これは盲点だった」

 そう言いながら彼は吐血。大量の血を吐き出し、もう助かる余地もなさそうだった。

 最後に彼の視線は、メイヴでも、メリスでもなく……

 彼の相棒であるマックスに向けられていた。

「あっ────」と最後に声をかけようとしたのだろう。

 本人も何と声をかけようとしていたの? 答えが出る前に彼の命はつきていた。

 その後を追いかけるように残されたマックスも、姿が霧散していった。