追放された魔法使いは孤高特化型魔法使い(ぼっち)として秘密のダンジョンと大食いに挑む

「こ、これが100年伝わる凶悪なるトレントの正体じゃと!?」

 元冒険者の老人、ハリスが依頼を受けた冒険者たちを連れてきた。

 しかし、老人たちの目前には、雷魔法で体が焦げた巨大ワニと、氷魔法で氷漬けされた樹木系の魔物があった。

「しかし、こんな形状のトレントは見たことがない。どういう種類なんじゃ?」

「それは――――」とトレント討伐の疲労によって座り込んでいたユウトが説明する。

「ある国では、冬は虫で夏には草になる生物がいると聞いています。
 冬虫夏草と言って……種明かしをすると、単純に虫にキノコが取りついただけなのですが……」

 ユウトは「スープにすると美味しいらしい」とお道化てみせる。

「このトレントも同じ……巨大なワニに憑りついた樹木系魔物だと言うのか? とても信じられんわ」

「おそらく、凶悪なるトレントと言われていた理由も想像がつきます。 実は皆さんが到着する前に付近の川を調べてみました」

「うむ……もし本当にワニに取りついていたのなら、川の下流から上流に上がってきたとなる」

「しかし、なぜじゃ?」とハリス老人は疑問符を浮かべる。

「ここらの川は、巨大ワニが上って来るには細く浅いはず」

「えぇ、コイツ等が狂暴化していた理由もそれです。 コイツは、どうしても山を登らなければいけない理由があったのです」

「理由? コイツがここに出現する理由。山を――――そして100年の――――」

「気づいたようですね。きっと、コイツ等は100年に一度、山に登って植物の戻ってくる。繁殖のためにね」 

「――――」とハリスはユウトの説明を聞いて言葉を失う。

「た、確かに普通の魔物なら、産卵の時期に狂暴化するのは珍しくないじゃろう。しかし、植物系の魔物も同じなんて話など聞いた事もないわ」

「コイツ等の種は、山から川に落ちて海へ――――そこで巨大な魔物を狙って取りつく。そして、100年後に山に戻り――――寄生した魔物を殺して植物に戻って種をばら撒く。コイツ等、そうやって進化してきたのでしょね」

「すまないが……」とユウトに話しかけてきたのは、ハリスの依頼を受けた冒険者たちの1人。 どうやら、魔法使いであり、冒険者たちの頭目のようだ。

「私も長い年月をかけて魔物の研究をしていた自負がある。しかし、私でも、そのようような魔物は聞いた事がありません。つまり――――この魔物は新種となるはずです」

 今もまだ、世界には未知の魔物が存在している。 奴らは、人を襲い、殺す事が本能に刷り込まれている……そう言われている。

 だから――――

「この新種は、早く冒険者ギルドへ報告して正式な調査をして貰うべきでしょう。さすれば、あなたに膨大な名誉が与えられ、名前は後世にまで長く――――」

「すまないが、その名誉は貴方にお譲りしますよ」

「何を!」と魔法使いの男はユウトの言葉に驚かされた。

「正式なトレント討伐依頼を受けたのは貴方たちです。俺は、貴方たちの獲物を横取りしただけ――――それで名誉なんて恐れ多い」

「いえ、そのような事は……」と躊躇している魔法使い。 ならばと依頼主であるハリスに話しを振る。すると老人は――――

「ほ、本当に、この魔物は新種なのか? 名前が残るほどに凄いことなのか?」

「どうやら、そのようですね」とユウトの言葉に老人は興奮を隠せなくなった。

「どうじゃ! 見たかワシを、言い伝えを信じなった愚か者どもめ! これで、村は! 村には若者が戻って来るぞ!」

 その様子に魔法使いは、引いていた。 その理由は――――

「あ、あなた、まさか……信憑性がないのに、魔物の被害を確認していないのに、魔物の討伐依頼を冒険者ギルドにしたのか!?  ギルドへの虚偽報告は重罪になる可能性もありますよ?」

「それがどうした? 本当にいたじゃろ? それも、誰も見たことのない新種じゃろ? 結果が良ければ、全て良かろうなのじゃよ!」

 呆れたような魔法使いにユウトは思い出したかのように言う。

「さすがに新種のトレントは、素材として採取するのできないだろうが、こっちの巨大ワニの方は違うだろ? どの箇所を冒険者ギルドに持って行ったら高値で引き取って貰えるか、わかりますか?」

「え? あぁ……そうですね」と魔法使いは、少し考えて答えた。

「ワニが革が高く取引されると聞いていますが……この様子では」

「確かに、表面は黒焦げだ。だったら、口内の牙はどうだろ? 俺の鎧を貫く強度だった。武器に加工できるんじゃないかな?」

 ユウトの鎧。それも真新しい鎧に幾つかの穴が空いている事に気づいた魔法使いは――――

「では、鎧が修理できる金額で売買できればいいですね」と言ってから「お気の毒さま」と付け加えてくれた。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

「……さて、急ぐか」

 新種のトレントと戦った翌日。 ユウトの朝は普段から早いが、今日が特別に早かった。

 まだ、夜明けには遠い時間帯。深夜とも言える。

 暗闇はランプで照らして、ユウトは駆け出した。

 「流石に人はいないか? でも急がないと」

 目的地に到着した彼。 その場所は――――まさにトレントと戦った山。 

 巨大ワニも、トレントも、既に冒険者ギルドの手によって運ばれいる。

 しかし、日が上れば調査団が、新種の魔物について大がかりな調査を始めるだろう。

 それよりも早く―――― 

 ユウトは、昨日の戦いの直後。トレントの正体を掴むため、付近の川などを探索していた。

 その時に、とんでもないものを発見していたのだ。

 それはおそらく、新種の魔物発見という名誉を辞退しても、余りある成果の可能性があるもの――――

 それとは、巧妙に隠されたダンジョン。 その様子から、長らく人類が未踏だったと思えるダンジョンだった。
 そこは決して高くない崖の間にあった。

 しかし、魔法によって巧妙に隠されている。もしも、ユウトが魔法使いでなければ、このダンジョンに気づくことはなかっただろう。

「何十年……いや、何百年も持続している隠蔽魔法。 それもダンジョンの入り口を隠すためだけに――――一体、この先には何があるのだろうか?」

 ユウトは想像する。もしも、この中で自分が死ねば――――

 きっと、その遺体は、このダンジョンと同様に数百年間も発見されることはないだろう。

 何か背筋に寒い物が走り抜けた。 しかし、それでもユウトは、魔法による封印を解く。

(それでも俺は冒険者だから――――隠蔽された古代のダンジョン。だったら行かない奴は冒険者じゃない!)

 覚悟を決めてダンジョンに入って行く。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

 今も朽ちていない石畳みの道。左右の壁も滑らかな人工物。

 ユウトは探索魔法を使用する。 

 探索魔法と言っても、ただの魔力は広く周辺に飛ばすだけ。 

 それでも魔物が隠れていれば、奇襲を防げる。 不可解な空間があれば、罠や隠し部屋が発見できる。

(とは言え、長時間の魔力使用は自殺行為。明らかに怪しい場所で使用するだけ……怪しいかかの判断は、もう冒険者のカンだな)

 そうやって苦笑しながら進むと、曲がり角。 待ち伏せの可能性もある。

 探索魔法の使用結果は――――

(……いる。こいつは、ゴースト系の魔物だ。だが、こっちに気づいていない)

 身を屈めて、見つからないように魔物を観察する。

 鎧を着た騎士――――ただし、人間ではない。 その証拠に体は半透明。奥が透けて見えている。

 膨大な魔力の吹き溜まりがある場所で出現する魔物。 

(なら、この奥には……ダンジョンの奥には、魔法に関わる秘密が隠されている) 

 魔法使いであるユウトは、その価値に興奮を隠せない。 

(いや、ダメだ。今、気持ちを向けるには宝ではなく、目前の敵だ!)

 彼は隠れたまま、魔物に手をかざす。 やるなら奇襲。気づかれる前に魔法を――――

「詠唱 切り裂く風よ 疾風の如く敵をなぎ倒す剣となれ――――『風斬(ウェントゥス)』」

 魔法によって具現化させられた風属性の剣。 それが魔物の胸を貫いた。

 不意打ちであったため、魔物は反撃することも――――いや、ユウトに気づくことすら敵わずに倒れて、霧散していた。

「何百年も魔力が溜まっているはずが、強くない。なら――――この先に魔力を独り占めしている奴がいるのか?」

 ユウトはさらに警戒心を強めて進む。

 何体のゴースト系魔物を倒しただろか?  ソイツはいた。

(やはり半透明の騎士。 だが、体は明らかに今までの魔物よりもデカい)

 元になった古代の騎士が、デカい体を有していたのか? それとも、魔力の影響で巨大化したのか?

 どちらにしても、その立ち振る舞いは強者のソレ。 そして――――ユウトは見つかった。

 幽霊騎士は弓兵だったのだろう。 半透明の弓を構えると、矢を射た。

 それは剛弓の一撃。 まともに受ければ盾すら射抜かれかねない。

 だから、ユウトは盾を垂直に構えない。角度を付けて矢の威力を分散させた。

 すぐさま幽霊騎士は次の矢を弓に――――だが、ユウトが振る杖の方が速い。

「詠唱 我が手に宿る炎の力よ 今こそ力を見せて焼き払え――――『炎剣(イグニスグラディウス)』」   

 彼の腕から発射された炎が幽霊騎士に直撃。 今までのゴースト系魔物なら倒し切れた一撃ではあるが、目前の幽霊騎士は怯むだけ。

 与えれたダメージは十分と言えない。 それでも相手はこちらを――――ユウトを強敵と認識したのだろう。

 何かと取り出す。それは――――

「鈴? まさか――――召喚の魔道具か!」

 それを使用させるわけには行かない。

 彼が一番早く発動させれる攻撃魔法『風斬(ウェントゥス)

 無詠唱で撃つも、幽霊騎士が鈴を鳴らすのが早い。

 地面には魔法陣。召喚されたのは同類――――剣を持った半透明の騎士たちが2体。 剣の魔物だ。

「1対3か。これ流石にまずいかもしれないな」とユウトは焦りを見せた。

「――――けど、対複数戦は苦手じゃない」

 次の魔法は――――

「詠唱 灼熱の炎よ、我が身を包み込み、敵の攻撃を跳ね返せ――――『炎壁(イグニスムルス)

 炎の防御系魔法。 炎の概念が付加された壁が出現する。

 しかし、ユウトの狙いは防御ではない。 真の狙うは敵の分断。

 召喚された騎士2体。その背後から遠距離攻撃を狙っていた幽霊騎士。

 ユウトは、その間に炎の壁を出現させたのだ。

 今、ユウトを攻撃できるのは、召喚されたばかりの剣の魔物2体のみ。

 後方の幽霊騎士は分断された事に気づいて、無理やり炎の防御壁を砕こうとしている。
 
 拳を叩きつけ、足で蹴り、サブウェポンらしき短剣で斬りつけている。

 しかし、ユウトの魔法は簡単に破壊できない。 簡単に破壊できるのなら、防御魔法ではない。

「さて、1対2なら良い戦いになる――――かな?」

 幽霊騎士と召喚された剣の魔物。その間に主従関係があるのかもしれない。

 主と分断され、取り残された事に怒りの感情をみせた。  
 本体――――召喚主である幽霊騎士から分断された剣の魔物2体。

 その動きには、ぎこちなさを感じられる。

(本体である幽霊騎士は弓兵。その戦い方は俺たち冒険者と同じ……召喚した前衛に守ってもらいながら遠距離攻撃をしかけてくる)

 肝心の本体は、ユウトの魔法防壁によって動きを封じられている。 だが、無限に足止めできるものではない。

(剣の魔物――――前衛を今の内に倒さないと!)

 勝負を急ぐ。でも焦ってはならない。 剣の魔物も弱者ではない。

 自身を狙って目前で振るわれる剣。 もしもユウトが重装備の鎧を身に付けていなければ、即死だろう。

 しかし、鎧の安心感は彼の戦い方を大胆に、そして豪快なものに変えていった。

(剣をここで――――弾く! 生まれた隙に魔法を――――叩き込む!)

 迫り来る攻撃を盾で守る――――だけではなく、攻撃を受け流し、あるいは弾く。

 すると剣の魔物の体勢が大きく崩れたのだ。 だから彼は――――

炎剣(イグニスグラディウス)

 魔法を叩き込んだ。 その魔法名の通り、彼の杖から発した炎は剣のように見え、敵の胸を貫いた。 暗殺者を連想させる致命的な一撃(クリティカルストライク)を叩き込み、剣の魔物は消滅する。

「あと……1体!」と残りの敵を定める。 しかし、凄まじい殺意に動きが――――僅かではあるが――――止められた。

「――――この殺意の正体、本体である幽霊騎士のものか? 助かった……もしも、分断が成功してなかったら、射抜かれていた」

 今も1人、残されて防御壁を破壊しようと叩き続ける幽霊騎士。 その攻撃が激しくなっているのは気のせいではないはず。

 自身の配下を倒された怒りが見え隠れしている。

一方、最後の一体となった剣の魔物。 ただ操られているだけなのだろう……その動きに感情というものが見えずに単調だ。だから――――

「倒しやすい!」

風斬(ウェントゥス)』――――ユウトの魔法によって出現した無数の風の刃。それが、剣の魔物に叩き込まれる。

 彼の魔法 『炎剣(イグニスグラディウス)』が強い刺突の一撃のような物。

 対して、風斬(ウェントゥス)』は刺突と連続斬りの2種類に使い分けれるのだ。

 魔法の刃を複数回受けて、剣の魔物が倒れていく。 その前に――――

 「詠唱 雷霆の力を我に与え 今こそ地の落ちろ――――『落雷撃(フルグル トニトゥルス)』」

 狙いは剣の魔物ではない。 防御壁を砕こうとしている幽霊騎士は、その場に留まっている。 足元に浮かび上がった魔法陣に気づいていないのかもしれない。

 だから、間に合う。

 本来ならば、巨大な敵に使用する=隙と発動時間が大きい魔法。
 
 さらに詠唱による威力強化を加えた『落雷撃(フルグル トニトゥルス)

 雷属性の一撃が幽霊騎士の全身を貫いた。

「――――やったか?」と決着を想像したユウト。 しかし、幽霊騎士は立ち上がった。

「おいおい、ダンジョンの主だって無事にはすまない自慢の魔法なんだぜ? どれだけ頑丈なんだよ!」

落雷撃(フルグル トニトゥルス)』の二撃目の準備に入るユウト。しかし間に合わなかった。 幽霊騎士の一撃によって魔法防壁――――『炎壁(イグニスムルス)』 は、ついに砕け落ちた。

 半透明で判別することが難しいはずの幽霊騎士の表情。それがしっかりと笑っているのがわかる。

 獰猛な笑みだ。魔物だけが時折見せる、彼等だけの笑い方。 

 もしかしたら、人間は全て憐れな獲物だと思っている存在は、このような笑い方を向けて来るのかもしれない。

 幽霊騎士は素早く矢を弓へ装着。 早業と言える動作で矢を放った。

(だが、この距離だ。 十分に見てから避けれる!)

 ユウトを身を屈めると、地面を転がるように回避運動を――――しかし、幽霊騎士から放たれた矢に異変が起きた。

「なっ! 矢の軌道が変わった?」

 魔法? いや、ただの技術――――あらかじめユウトが避ける方向を予測して、矢の軌道が曲がるように撃ったのだ。

 回避運動の最中。自身に迫り来る矢が見えても、その動きを変えることはできない。

 ユウトに剛矢が当たった。

 当たった? その威力は『当たった』などと言う言葉で表現するには馬鹿馬鹿しい。

 兵器のようなもの―――― 直撃ではないが、その余波を受けてユウトの肉体は地面を転がる。

「ぐっああああっああああ……」

 激しい痛みに襲われながら、ユウトは着弾した場所。 自身の体が無事か確かめる。

 当たった箇所は腕。 激しい痛みと熱に襲われる。

 刺さっていたはずの矢は消えている。本体が幽霊騎士だからだろうか?

 無事とは言えないが、まだ戦える。 ただし、幽霊騎士の隙を狙って、雑囊の回復薬を飲む事ができたら……
 腕に激しいダメージを受けたユウト。 敵である幽霊騎士は勝機を感じ取ったのだろう。

 弓兵でありながら、ユウトに向けて駆け出した。

「なっ!」とユウトにとっても、幽霊騎士の行動は予想外のものだった。

 動きを止めた獲物。 弓兵ならば、接近せずに離れた位置から攻撃続ければ必勝は約束される。

 だが、それ以上に彼は怒っていた。 

《《持たされていた》》魔法の鈴によって、召喚した前衛、剣の魔物。 彼等は幽霊騎士にとって部下も同然――――《《そんな事よりも》》、魔法の鈴は彼が騎士として忠誠を誓った主からの贈り物。

 それを無下にされたようなもの――――彼は死者であるが、それと同時に騎士である。

 彼の騎士道が怒り狂っている。

 その怒りは、言葉を発せずとも、表情を見せぬとも、激しい意思を伝えて来るのだ。

(嬲り殺しすら生ぬるい。我が怒りを晴らすためには、この手で仕留めてみせよう)

 立ち上がり、杖を構えるユウト。しかし――――

(遅いわ。あくびが出るほどに遅いわ、のろまめ!)

 手に持っている杖から魔法が放たれるよりも速く、幽霊騎士は弓を振るう。

 矢を放つためではない。 弓そのものを鈍器に変えて、ユウトの手に一撃を叩き込む。

「くっ! あぁぁ」とユウトの口から苦痛が漏れる。

 その苦痛の声ですら不快だと――――幽霊騎士は弓をユウトの頭部へ叩き込んだ。

 その威力は凄まじく、ユウトの体は吹き飛んだ。 

(これで――――とどめだ)

 幽霊騎士が取り出したの矢。 弓で射るためではない。

 確実に、その手で仕留めるために矢による刺突を狙う。

 だが――――

「俺の仲間にも……いや、昔の仲間かな? とにかく弓兵がいた。だけども、弓矢のそんな使い方なんて知らなったよ」

 倒れたユウトが呟く。 その声は異常に落ち着いていた。

「――――」と幽霊騎士も無言で警戒する。 元々、喋れないのだが……

 だが、この獲物は死に近づき、意識が混濁しているのだろう。

 今も1人で――――

「いい経験になった。思い込みや固定概念で武器の使い方を制限している。戦い方は、もっと自由でいいんだ……」

 意味がわからないことは話し続けている。

 ユウトの様子に警戒するも――――

 ユウトの片腕は矢によって貫かれている。逆の腕は、先ほどの弓による強打で無事ではない。 妙な方向を向いている所を見れば、骨折は免れていない。

 だから、妙な事を口走っている理由も想像がついた。 死を前にした恐怖で、精神に異常をきたしたのだ。

 ――――そう判断してた。 そして、彼の喉に向かって矢を突き立てようとした次の瞬間――――

「やっと接近してくれたな? ようやく使えるぜ――――これが俺の切り札だ!」

 ユウトが体を起こす。 素早い動きに加え、虚を突かれた幽霊騎士は反応ができない。

 ユウトの両手――――矢で射抜かれ、叩き折られた両手であったが、最後の一撃と幽霊騎士の頭部を両手で掴んだ。

 掴まれる直前、幽霊騎士の目には、ユウトの手が見えた。

 その手には分厚い手袋――――いや、注目すべきは、甲の部分に付けられた石。

 無論、財力を誇るための装飾品ではない。 その石は魔石だった。

 ユウトの手袋には魔石が仕込まれていた。 

 それは彼の言う通りの切り札――――杖を失っても、強力な魔法を打ち込むための隠し武器。

 だから――――

直線爆破( リーネア・レクタ・イグナイテッド)

 閃光と共に、強烈な爆破呪文が幽霊騎士の頭部に叩き込まれた。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・ 

 幽霊騎士だからこそ――――生前の姿に(こだわ)っているのかもしれない。

 頭部を吹き飛ばされて、現存し続ける死人は骸骨騎士(スケルトン)か、首無し騎士(デュラハン)くらいのもの。

 もっとも、首無し騎士の幽霊というものが存在しているのか、ユウトは知らない。

 だから、幽霊騎士の体は霧散して消えていった。

(強敵だった……本当に強敵。不意を狙い、隙を突き、卑怯に卑怯を重ねて、ようやく勝てた。もう一度やったら負けるだろうな……)

 強敵に敬意を示しながらも、ユウトは回復薬(ポーション)を探した。

 両手は使えない。負傷している両手、事もあろうに爆発させたのだ。

 ――――使えるはずもない。

 地面を転がり、口で雑囊(ざつのう)から回復薬を取り出す。それから器用にも蓋を開けて飲み干した。

「強度の高い瓶で助かった。危うく、両手が使えないまま帰宅するところだったぜ」

 誰に聞かせることもなく、冗談を呟いた。  

 もちろん、冗談だ。

 事実、雑囊から取り出す必要もなく、彼の衣服には回復薬を固体化させた飴が、幾つか仕込まれていた。 

「――――いっ……痛ッ!」と回復薬の効果が瞬時に現れ、麻痺していた痛みを取り戻した。

 本来なら両手を失いかねない大怪我。 

 回復薬(ポーション)による超回復は、火傷は治り、皮膚は再生し、折れた骨も繋がる。
 
 しかし、その痛みは尋常のものではない。

 ユウトは悲鳴をあげないように歯を食いしばり、痛みに耐えるように激しく地面を転がった。

 完全回復まで、地獄の痛みをユウトは経験した。
 
「やれやれ……」と何事もなかったかのように彼は立ち上がった。

「ゴースト系魔物からは、素材として売れる戦利品が手に入らないから……いや、待てよ」 

 幽霊騎士が霧散した場所、何か違和感がある。

 よく目を凝らせば―――― 半透明な弓が落ちていた。

「へぇ……死後でも弓だけは残ったか? それとも元々、こういう弓をどこかで手に入れていたか」 

 ユウトは半透明の弓を拾い上げた。 呪いがかけられていないか、警戒しながらも弓を引く。

「弓の良し悪しはわからないが、きっと良い物なんだろ――――よし、帰って売るか」

 しかし、帰ろうとしたユウトは足を止める。

 まだ奥に何かがある。 このダンジョン――――まだ、何かがいる。 
 ダンジョンの最奥には、ダンジョンの(ボス)がいる。

 主が倒されたダンジョンでは、内部に住まう魔物たちも沈静化する。

 しかし、時間と共に新たな主が生まれる。 それが元居た主を倒してから2、3日後になるか? 数か月、あるいは年単位になるのか? その規則性はわかっていない。

「――――とは言え、主を倒した直後に、新しい主が誕生するなんて話は聞いた事がない」

 ユウトは、先ほどまで戦っていた幽霊騎士が消滅した場所を見る。

「あの強さで主じゃなかったのか? あるいは、例外的な要因で無類の強さを発揮していたのか?」

 彼は幽霊騎士との戦いを思いでした。

(確かに違和感はあった。アイツは弓兵……前衛の魔物を召喚する魔道具(マジックアイテム)を持っていたのは妙な気がする)

 経験上、魔物を召喚する魔物は共通点がある。

 人でありながら外法に落ちて魔物になった魔法使い。 

 捕えた魔法使いを吸収して、知恵と魔力を手に入れた魔物。 
 
 あるいは、何らかの要因で魔法使いの力を再現してたもの……

(弓兵が、前衛で足止めをして遠距離攻撃を行う。それはまるで、冒険者の戦い方じゃないか……そのな知恵と力を幽霊騎士に与えた存在が、このダンジョンの主だとすると――――)

「嫌な予感がする。けど、ここで引き返す選択肢はない」

 ここの地形を確認する。ここは、弓兵が陣取るには相応しい広い空間。

 探せば、隠し通路や隠し部屋があるかもしれない。  

 ユウトは迷わず探索魔法を使用した。 空間に広がる彼の魔力は、蝙蝠の超音波のように跳ね返り、周辺の異変を知らせる。

「本当にあるのかよ……隠し通路」と壁に近づいて、杖で叩く。

「なるほど、ダンジョン入口を隠していた隠蔽魔法と同質の物か。魔法に深く精通した者以外は拒む仕掛けになっているのか」

 冒険者にとって、己のカンを信じるものだ。 

 なぜなら、嫌な予感とは、培った経験則や観測眼から来るもの――――自身でも言語化できない警告そのものだ。

 しかし――――

『冒険せずとて、何が冒険者か?』

 冒険者ギルドの広間に飾られた書を思い出した。

 だから、ユウトは自然と歩を進めるのだ。 危険だと分かり切った場所に――――

 隠し通路を進む。その最奥は意外と近かった。

 静かに通路の先へ顔の覗かせると――――

「闘技場? こんな場所に?」

 多くの観客席。 数百? 数千人は座れる多さだ。

 全ての観客が見えるように計算されている大きな道。 

 いわゆる花道――――これから戦う戦士が通る道だ。

 そして2つの道が重なる場所に、砂を均された地面。

 奇妙な事に、闘技場の真ん中に――――

「人がいる? それも――――女性か?」

 彼の言う通り、女性がいた。美しい女性だ。

 両膝を地面に突いて、祈っているように見える。

 もちろん、このような場所に普通の女性がいるはずはない。 罠――――それ以外あり得ない。

  彼女の瞳が開く。 それと同時に、瞳は隠れているユウトを捉えた。

「――――ッ!(間違い。この圧力――――女性に化けているコイツがダンジョンの主だ)」

 しかし、謎の女性はユウトに向かって深々と頭を下げた。

「ようこそおいでになされました。こちらにおいでください」

 もしも、魔物が化けているなら、相当に知能が高い魔物なのだろう。

 この場所でなければ、高級な施設で接客を担当してる女性で通じる。

 ユウトは動揺する。

(どうする? このまま、出ていくか? それとも――――)

「攻撃は止めておいた方がよろしいかと」

 まるで心を読まれたような感覚だった。 奇襲をする気は失われた。

「けど――――」と彼は杖を手にした。

「あえて、攻撃させてもらうぜ! 『炎剣(イグニスグラディウス)』」

 炎の魔法が彼女に直撃する。しかし――――いや、想像通りと言うべきか?

「無傷。この程度の攻撃は通用しないってわけか?」

 ユウトの言う通り、女性は無傷だった。 

 それどころか、衣服に焦げすら入っていない。どういう仕掛けだろうか?

「攻撃するためには条件があります。この闘技場に入っていただけなければ私を痛めつける事は叶わないでしょう」

「不可視の結界魔法か。しかし……ここまで結界が張られている事に気づかせないとは」 

「その技術、知りたくはありませんか? 例えは、こういった物にご興味はありませんか?」

 気づけば、彼女の手の中に本が握られていた。 

 隠し持っていた様子もなければ、服に収納できる箇所もなし。

 もはや、そんな程度で驚くこともなくなったユウトであったが――――その本は別だった。

魔導書(グリモア)……それも初めて見る年代のもの」

「流石、有資格者さま。ご理解は早うございます。こちらの品は、およそ1000年前の品物となっております」

「1000年前!? まさか暗黒期の!」

 それは魔法の黎明期。 まだ、未知の技術である魔法を使わう者を断罪することが当然だった時代。

 魔法を生み出したと言われる何人もの天才たちがギロチンの露と消えた。

 だから、こそ――――その時代の魔導書は、貴重であり、過激であり、血と怨念が染み込んでいる。

 魔法使いならば、魔物の罠と分かっていても……

 読みたいという欲望を抑えきれないほどに……  
 ユウトは結界を越えて、闘技場の真ん中に立った。

「それでは」とダンジョンの主は、魔導書を背後に置いた。 

「こちらの魔導書(グリモア)は私に勝てたら差し上げます」

「――――」とユウトは無言で警戒心を高めた。

(ダンジョンの主は、通常の魔物よりも頭脳と戦闘能力は秀でている。しかし、魔物の共通点である人間への憎悪も同じはず)

 ユウトの言う通りだ。ダンジョンの主は、人間よりも――――

 単純に力が強く、

 体が頑丈で、

 膨大な魔力を有している。

 何よりも頭がよく、人間を相手に頭脳戦をしかけたり、罠にかけようとして者もいる。

 しかし、目前の女性は普通だった。 ユウトへの憎悪を感じさせない。

「勝ったら?」

「はい?」と彼女はユウトの疑問に首を傾げる。
 
「君と俺がここで戦うのか? 悪いけど、強いとは思えないが?」

「はい、私と戦っていただきます。これは仮初の姿――――今、正体を現すので少々お待ちを」

 そう言うと、彼女の体は――――

 バキバキ……

        バキバキ……

 ボキボキ……

        ボキボキ……

――――と、異常な音。 完全に骨から折れて、変形していく。

 変身した彼女。 その正体はアラクネだった。
 
 アラクネとは上半身が美しい女性でありながら、下半身は巨大な蜘蛛の脚を持つ魔物。彼女の目は深い赤色で輝き、人を惹きつけるものと畏怖させるものとが混在していた。

 防具として革の服を装備。 上半身はもちろん、蜘蛛の部分まで覆っている

 動物の革で作った服。 そう表現すれば、防具として疑問を持つ者もいるだろう。
 
 しかし、革の防御力が想像以上に高く、並みの剣なら切り裂くことは難しい。

 簡単な剣撃ならば、弾かれる。

 武器は8本の足、それから女性の腕には大弓を持っている。

「では、まいりますよ」と女性――――アラクネは微笑むと飛び掛かってきた。

 その場から大きくジャンプしての落下攻撃。

 地面を転がるように躱すユウト。 一気に接近戦に持ち込まれた。

 目前には大蜘蛛の足――――8本の足。その内、4本で攻撃を繰り出してきた。

 4本の足は剣のように鋭い。 生身の肉体は簡単に切り裂くに違いない。

「まるで四刀流……けど、4本腕の魔物と武器ありで戦うのは初めてじゃない!」

 盾で防御に集中する。連続攻撃を受けながら、隙を見て弾く。

 バランスを崩した直後を狙い、ユウトは魔法を放った。

炎剣(イグニスグラディウス)

 炎の斬撃。 しかし、革の防具には効果が薄いようだ。

 構わず、アラクネは攻撃を追加してくる。

 だが、既にユウトは後方に飛び、距離を取った。

「――――ッ! 盾をもった腕が痺れている。何度も受けれないな」

 アクネスの肉体。 蜘蛛の部分は、成人男性4人分の重さはありそうだ。

 ユウトは、軍属連中が訓練で行う騎馬戦を思い出した。

(だいたい、下半身の部分で250キロ以上……全体の重量は300キロくらいか)

 再びアラクネは飛び掛かって来る。

 単純(シンプル)踏みつけ(フットスタンプ)

 しかし、高度から落下してくる300キロの物体は脅威。

 下敷きになれば、一発で戦闘不能。即死も十分にあり得る。

 だったら―――

「だったら、追撃だ! ――――『風斬(ウェントゥス)』」
  

 風属性の魔法。ユウトが得意とする『炎剣(イグニスグラディウス)』より威力は落ちる。

 しかし、風の斬撃と共に発生する突風は、アラクネの落下速度にも影響を与えた。

 今度は十分な余裕をもってユウトは距離を取り、杖を構え直した。

 対するアラクネは「なるほど」と納得したように頷く。 

「ここに来れる実力があるはずですね――――手ごわい」

 彼女は肉体ではなく、唯一の武器である弓を引く。

 その弓矢は大きい。 人間では扱いきれない張力のはずが、彼女は魔物の力で軽々弦を引いて、矢を放った。

「その矢――――デカい。盾で受けても吹き飛ばされる!」

 ユウトは回避。 

 だが、二撃目が早い。 すで連射で放たれていた。

 今度も回避――――しかし、奇妙な体勢でユウトは体を止めた。

 そのため三撃目を受ける。 辛うじて盾の防御が間に合うも、ユウトの体は衝撃で浮き上がり、背後に吹き飛ばされた。

「……どうして、逃げなかったのですか?」

 追打ちをいかけないアラクネは疑問――――と言うよりも確認するかのようにように言う。
 
 それを答えるようにユウトは――――  『炎剣(イグニスグラディウス)

 魔法を放った。 しかし、狙ったのはアラクネではない。

 何もない空間。 しかし、何もないはずの空間が炎で爆ぜた。

「矢の後ろに蜘蛛の糸を付けていたのだろ? 気づかなければ動きが止められていた……だろ?」

「うん、いい観察眼ですね。さすが、冒険者ですね」

 ユウトの言う通りだった。

 彼女の武器である弓矢。 その矢に蜘蛛の糸を付着させていた。   

 もしも、彼が糸に気づかずに接触していたら、動きが制限されていただろう。
 
「それでは、ここからは真向勝負で行かせてもらいます!」

 そう言うと、彼女――――アラクネは突進をしてきた。
 300キロのモンスターが勢いをつけて全速力で突進してきた。巨大な体が地面を震わせ、風を巻き起こしていた。

 受ければ、簡単に吹き飛ぶ。 防御は論外――――

 その突進の勢いは、まるで鉄球の一撃。 重力そのものが衝撃となって襲い掛かってくる感覚。

(もう間に合わない回避は――――残された手は魔法による追撃しかない!)

 ユウトは杖を向ける。 彼とアラクネの間に魔法の遮蔽物が出現する。

 『炎壁(イグニスムルス)

 炎の壁。魔物の猛攻を防いでくれるだが、今回が時間稼ぎにしかならない。

 だが、今回は時間稼ぎと目隠しが目的なので十分。 ユウトはすぐに次の魔法を発動させる。

 『大地の震え(テラトレメンス)

 それは名の通り地属性の魔法。 闘技場の地面は砂と土。

 均されていた地面は、変化した。 突進してきたアラクネを下から突き上げる。

「――――くっ! やりますね……しかし、私は八本脚、多少バランスを崩した程度――――問題はありません!」

 すでにアラクネはユウトの目前、その複数の足が彼に連撃を放った。

 彼は盾を構える。 一撃一撃が押し潰されそうな威力。

 しかし、速度を削り、バランスを削り、威力は大きく削る事に成功している。

 アラクネの空中からの連撃を耐え、受け、弾き、逸らす。

 既に空中でバランスを崩していたアラクネの体は、大きく重心が乱れる。

 均衡を破壊された彼女の肉体は、ついに地面に落下。

 皮肉にも、その巨体が原因で簡単には立ち上がれないようだった。

「――――まだ、続けるかい?」

 彼女の目前に杖が突きつけられた。 

「いいえ、参りました。私の負けです」

 ユウトに生死を握られた彼女であったが、不思議とその表情は朗らかだった。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・

「それでは、こちらが約束の品です」

 アラクネは魔導書をユウトに手渡した。

「あぁ」と受け取る彼だったが、その態度を言葉で表現するならば――――

 解せない。

 そうなるだろう。それはアラクネにも伝わったようだ。

「何か、気になることでもございましたか?」

「そりゃ、このダンジョンはどういう所で、君は一体……?」

「知りたいのなら、その魔導書をお読みください。貴方の考える疑問の答えが、僅かながらに書かれていますよ」

「では」とアラクネは深々と頭を下げた。

 その姿は、魔物に見えない。 どう見ても人間のそれ……だから、ユウトは最後に――――

「君の名前は?」と自然と口に出た。

「はい?」と驚く彼女であったが、やはり朗らかな笑みを浮かべて

「私の名前はシルキアと言います。もう一度、会うことはないでしょうが、覚えてくだされば幸いです」

「なるほど、シルキア……俺の名前はユウトだ。ユウト・フィッシャーだ。また会おう」

 ユウトは最後に名乗る。 こうしてアラクネのシルキアとの戦いは終わた。

 
・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・

 一方、その頃――――

 ユウトの場所とは遠く離れた別のダンジョン。

 ある集団(パーティ)が走っていた。 かつて、ユウトが所属してた仲間たちだった。

聖戦士(パラディン)』 ミカエル・シャドウ

剣聖(ソードマスター)』 ケイデン・ライト

高弓兵(ハイ・スナイパー)』 レイン・アーチャー

大神官(アークビショップ)』 エリザ・ホワイト

 その4人に、もう1人がユウトの代わりに新しく入った後衛職なのだ。

大魔導士(アークメイジ)』 オリビア

 彼女の名前はオリビア・テイラーと言う。

 大魔導士を加えて、戦力が強化されたはずの彼等。しかし、どうやら様子がおかしい。

 何かから逃げているようだった。 彼等の背後から迫り来る大きな影。

 その巨大さは、このダンジョンの主に違いない。

 九つの首を持つ蛇の巨獣――――キング・ヒュドラ。

 通常の毒を内からばら撒きながら、ここ一番では必殺の石化毒を凶悪な魔物であるが――――

 普通に戦えば、ミカエルたちの敵ではない。

 では、なぜミカエルたちは背後を振り返る間もなく逃げているのか?

「クソ! どうしてこうなった!?」

 ミカエルは、悪態をつきながらも思い出す。 
 ――― 数日前 ―――

 ユウトを追放したミカエル達。

 新しい仲間 『大魔導士(アークメイジ)』 オリビアを仲間に向かえた。

 しかし、すぐに難易度の高いダンジョンを目指すわけにはいかない。

 各々が、役割を理解することがダンジョン攻略に必要な事だ。
 
 そのために、難易度の低いダンジョンを練習のために攻略していた。しかし――――

「ねぇミカエル……」とダンジョン攻略を終えた彼の元にやってきたのは女性2人 レインとエリザだった。

「そろそろ、難易度が高い所に行ってみない?」

 そのレインの言葉にエリザも同調する。

「そうですよ。せっかく、戦力を強化したのですから、いろいろと試して行きましょう」

「……」とミカエルは考え込む。 

 確かに連携は機能している。 それにオリビアの魔法は強力で多彩だ。

 しかし、ミカエルには不十分に思えた。 何か見落としがあるのではないか?

 そのため、高難易度ダンジョンの挑戦を遅らせていたのだが……

「わかった。では、明日は休息だ。休暇明けには――――高難易度ダンジョンに挑む」

 ミカエルの言葉にレインとエリザは満足したようにだった。

 この仲間(パーティ)の力関係。頭目(リーダー)の立場こそ、ミカエルだが、女性陣2人の発言権は強かった。

 その理由はミカエル・シャドウが貴族の生まれにある。

 貴族に取って跡取りの長男が優遇される。 次男からは長男が何かあった時の予備。

 それが、貴族の四男として生まれたミカエルにはたまらなく不満だった。

(このままでは、自分よりも愚かな長兄に頭を下げて、養ってもらう生活。長兄が亡くなれば、その息子に小遣いを貰うのか? そんな生活は嫌だ)
  
 彼はプライドが高かった。 貴族でありながら、貴族の慣例を受け入れないほどに……

(自分よりも愚かな長兄……俺が跡を継ぐためには――――)

 長男を差し置いて、弟が家を相続する。そんな方法は確かにある。

 (暗殺などは論外。あくまで正攻法で、父上も母上も、そして長兄自身が納得する方法が好ましい。 だとすれば――――)

 戦争で武勲を立て、奪った領土を納める。

 あるいは王族に気に入られ、継承権に口出ししてもらう。

 他の貴族令嬢と婚約して、先方の領土をもらい受ける。

 後は――――冒険者として名を上げ、英雄として凱旋する。

 ミカエルは最後を選んだ。 一方的に冒険者になると宣言して家を飛び出した。

 彼はその時の事を――――

「今となっては、若さゆえの無謀と無策。 無鉄砲と笑い飛ばすことができる」

 そう語るが、彼の野心の高さ――――貴族として高みに登ることは全く諦めてない。

 ミカエルは家を飛び出したと言っても、貴族として個人資産を持っている。

 その金と持ち前のカリスマ性を使って、優秀な仲間を勧誘に使った。

 当時は1人でダンジョンに挑んでいた剣士 ケイデン・ライト

 妙に町で知名度と人気があった魔法使い ユウト・フィッシャー

 最初は、この3人組でダンジョンを目指していた。

 その後、加入したレイン・アーチャーとエリザ・ホワイト……この2人を勧誘したのは彼女たちの実力よりも立場を欲したからだ。

 レイン・アーチャーは、普段の奔放な振る舞いからは想像できないが実家は貴族――――つまり、貴族令嬢である。

 エリザ・ホワイトも教会の権力者――――大司教の娘だ。

 もしも彼女たちと婚約できたなら、ミカエルは貴族としての地位が盤石となる。

 そんな打算もあって、ミカエルはレインとエリザの2人には逆らえない。

 そもそも、ユウトを追放した理由も――――

「ねぇ、もっと女性を仲間に入れない?」

「――――それは構わないが、君たちの取り分も減る事になる。依頼報酬の額を気にしていたのではないのか?」

「そうね……それじゃ、1人だけいらない人いない?」

「……何を言っているんだ、君は?」

「知らないの? エリザは彼のことを嫌っているのよ? 変な目で見て来るってね!」

「それは、後方から戦況を……」

「あなた、欲しくないの? 私たちが持っている権力を」

「なっ――――」

「馬鹿な男。私たちが気づかないと思っていたのかしら? 地位と権力を望むなら……ね? わかっているでしょ?」

 この会話をミカエルとレインが交わした場所。

 どこからか、奇妙なお香が使われていた。

(違法な薬物を混ぜた物……そんな物を使ってまで、ユウトを……)

 ミカエルは、それに気づいていたのだが――――

「わかった。ユウトを追放しよう」

 そう決断した。 それは彼がレインの危険性に気づいていたからこその判断だったのかもしれない。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・

「それでは、今日から高難易度と言われるダンジョンに挑戦する。ギルドからの依頼内容は――――キング・ヒュドラの討伐だ」

 その言葉通り、ミカエル一行は高難易度ダンジョン――――一般的にはA級冒険者のみが挑む事を許されたダンジョンだ――――その前に立っていた。

「オリビアには、まだ不慣れな所があると思う。我々が全力でフォローしていくので、安心して欲しい」

 ミカエルは、オリビアと目を合わせてほほ笑む。

 彼女は――――「はい、大丈夫です」と頬を赤らめた。

 ミカエルは、自分の容姿が誇れるものだと理解している。 そして、それを女性陣の士気を高めるために使う。

(我ながら、品のない方法だ。しかし、俺たちは停滞するわけにはいかないのだ)

 そうして彼等は高難易度ダンジョンに足を踏み入れた。

 ――――それがまさか、あんなことになるなんて……

 この時は誰も知るよしもなかったのだ。
 ミカエルたちの戦闘教義 (ドクトリン)は速攻を重視する超攻撃型。

 前衛のミカエルと攻撃手(アタッカー)のケイデンが飛び出す。

 中衛のレインが周囲の敵を蹴散らし、後衛であるエリザですら杖を鈍器の代わりに使い、攻撃に加わる事もある。

 全員が走って、攻撃を行う。だから、速攻重視の超攻撃型。

 ダンジョンの攻撃速度も速い。

 そのために、回復薬や食料、予備の武器を含めた道具。それらの重量を軽めで済む。

 そんな彼等が計画の速度を保てず、休憩を入れていた。

「大丈夫かい? オリビア?」とミカエルは彼女の声をかけた。

 これまでに数回、ダンジョンに潜って練習をした。 しかし、ここは難易度の高いダンジョン。

 命の危険性が増せば、精神が削られる。 精神が削れれば、体力も消耗していく。

 現にオリビアは、息を乱して座り込んでいた。 

「――――え? あっ、はい」と返事をする彼女。  

(声が聞こえないほど疲労している。今回の速度では、ダンジョンの主を諦めて、早めに撤退すべきか)

 しかし―――― 

「本当に大丈夫? これ、飲んで」とレインは瓶を投げた。 回復薬(ポーション)の瓶だ。  

 言われるままに飲み干そうとするオリビアをミカエルは止めた。

「いや、体力の回復だけなら、時間をかけても休憩していこう。予定よりも進んでいない。回復薬も節約した方がいいだろう」 

 回復薬は、体力の回復、魔力の回復、怪我の治癒などで高い効果がある。

 本来なら治らない怪我――――それどころか致命傷を受けても回復薬だけで完治できる。

 しかし、万能の薬には代償もある。

 大量に飲み過ぎれば、精神に異常をきたすこともある。大きな疲労や怪我を無理やり回復させれば2~3日寝たままになったり、意識があっても立ち上がれなくなることも……

 だから、ミカエルも止めたのだが……

 それをレインは否定する。

「あら、私たちの仲間なら高難易度ダンジョンに挑むのは、毎回のことでしょ? 無理やり回復させても走り続ける練習をした方が合理的じゃない?」

「ねぇ? エリザもそう思うでしょ?」と話をエリザに向けた。 彼女はレインの言葉に否定することはないのだが、今回ばかりは……

「いえ、私も緊急時の解毒剤や聖水を作る時間にしたいので……」と手に入れたばかりの素材を並べていた。

 彼女もオリビアの休憩は必要と感じていたから、そうやって誤魔化していた。

「ふ~ん」とレインは不快感を露わにした。そして――――

「やっぱり、ユウトを追放しなければよかったわね。6人編成でよかったんじゃない? 今からでも呼び戻しましょうよ?」

「なっ――――」とミカエルは絶句した。

 彼だけではない。

「……」と普段は、無口、無表情のケイデンも驚いた顔をしてる。

 エリザも目を丸くして口をパクパクと動かしている。

 驚いてないのは、ユウトを知らないオリビアだけだった。

「な、何を今さら……そもそも、ユウトを追放したのはレインの意見だっただろ?」

「え? そうだったかしら? でも――――まさか、本当に追放しちゃうなんて思わなかったわ」   

 ミカエルは感情が激しく揺さぶられる。 もしかしたら――――

(もしかしたら、レイン・アーチャーは近づいてはいけない人間だったのかもしれない)

 ならば、どうする? とミカエルは自問自答を始める。

 ならば、今度はレインを追放するのか? 

 だが、ユウトが戻って来る保障はない。 戦力を削ってまで―――― 
 
 しかし、彼の思考は断たれる。 何か、気配が近づいてきている。

「オリビア……状況が変わった。すぐに回復薬(ポーション)を――――危険な気配が近づいている」

 オリビアも経験が少ないとは言え、冒険者としての知識は有している。

「はい」と短く返して、回復薬を飲み干すと立ち上がり、戦闘態勢をとる。

 彼女だけではない。 全員が、既に戦闘体勢で接近してくる強敵を向かえる。

 そして、姿を現したのは――――

「馬鹿な……キング・ヒュドラ!? ダンジョンの主が、こんなダンジョンの序盤を徘徊している!」  

 ミカエルは動揺を声に出すも、一瞬のみ。 前衛として駆け出していた。

 キング・ヒュドラを簡単に説明するならば、巨大な蛇である。

 見上げるほどに巨大な蛇――――サイズは一軒家よりも大きい。

 間違いなく巨獣だ。 それだけでも強いのがわかる。

 デカければ強い。 当たり前の話だが、それだけではない。

 最大の特徴は九つの首。 命が9つあるかのような異常な生命力の強さと回復能力。

 厄介なのは、その顎から魔法を放つ事。 間違いなく、高難易度ダンジョンの主と言える強敵。

 なぜ、こんな場所に徘徊しているのか? その謎は解決しないが――――

 戦闘が開始された。    

「行くぞ!」とミカエルは前に――――それに合わせてキング・ヒュドラは噛み付きに出た。 もちろん、1つではない。9つの牙がミカエルの体を嚙み砕こうと襲い掛かって来る。

 だが、ミカエルは本物の前衛。盾をもって、その首を殴るように弾く。

 それから、連続で迫り来る牙を盾で捌いてみせる。