腕に激しいダメージを受けたユウト。 敵である幽霊騎士は勝機を感じ取ったのだろう。

 弓兵でありながら、ユウトに向けて駆け出した。

「なっ!」とユウトにとっても、幽霊騎士の行動は予想外のものだった。

 動きを止めた獲物。 弓兵ならば、接近せずに離れた位置から攻撃続ければ必勝は約束される。

 だが、それ以上に彼は怒っていた。 

《《持たされていた》》魔法の鈴によって、召喚した前衛、剣の魔物。 彼等は幽霊騎士にとって部下も同然――――《《そんな事よりも》》、魔法の鈴は彼が騎士として忠誠を誓った主からの贈り物。

 それを無下にされたようなもの――――彼は死者であるが、それと同時に騎士である。

 彼の騎士道が怒り狂っている。

 その怒りは、言葉を発せずとも、表情を見せぬとも、激しい意思を伝えて来るのだ。

(嬲り殺しすら生ぬるい。我が怒りを晴らすためには、この手で仕留めてみせよう)

 立ち上がり、杖を構えるユウト。しかし――――

(遅いわ。あくびが出るほどに遅いわ、のろまめ!)

 手に持っている杖から魔法が放たれるよりも速く、幽霊騎士は弓を振るう。

 矢を放つためではない。 弓そのものを鈍器に変えて、ユウトの手に一撃を叩き込む。

「くっ! あぁぁ」とユウトの口から苦痛が漏れる。

 その苦痛の声ですら不快だと――――幽霊騎士は弓をユウトの頭部へ叩き込んだ。

 その威力は凄まじく、ユウトの体は吹き飛んだ。 

(これで――――とどめだ)

 幽霊騎士が取り出したの矢。 弓で射るためではない。

 確実に、その手で仕留めるために矢による刺突を狙う。

 だが――――

「俺の仲間にも……いや、昔の仲間かな? とにかく弓兵がいた。だけども、弓矢のそんな使い方なんて知らなったよ」

 倒れたユウトが呟く。 その声は異常に落ち着いていた。

「――――」と幽霊騎士も無言で警戒する。 元々、喋れないのだが……

 だが、この獲物は死に近づき、意識が混濁しているのだろう。

 今も1人で――――

「いい経験になった。思い込みや固定概念で武器の使い方を制限している。戦い方は、もっと自由でいいんだ……」

 意味がわからないことは話し続けている。

 ユウトの様子に警戒するも――――

 ユウトの片腕は矢によって貫かれている。逆の腕は、先ほどの弓による強打で無事ではない。 妙な方向を向いている所を見れば、骨折は免れていない。

 だから、妙な事を口走っている理由も想像がついた。 死を前にした恐怖で、精神に異常をきたしたのだ。

 ――――そう判断してた。 そして、彼の喉に向かって矢を突き立てようとした次の瞬間――――

「やっと接近してくれたな? ようやく使えるぜ――――これが俺の切り札だ!」

 ユウトが体を起こす。 素早い動きに加え、虚を突かれた幽霊騎士は反応ができない。

 ユウトの両手――――矢で射抜かれ、叩き折られた両手であったが、最後の一撃と幽霊騎士の頭部を両手で掴んだ。

 掴まれる直前、幽霊騎士の目には、ユウトの手が見えた。

 その手には分厚い手袋――――いや、注目すべきは、甲の部分に付けられた石。

 無論、財力を誇るための装飾品ではない。 その石は魔石だった。

 ユウトの手袋には魔石が仕込まれていた。 

 それは彼の言う通りの切り札――――杖を失っても、強力な魔法を打ち込むための隠し武器。

 だから――――

直線爆破( リーネア・レクタ・イグナイテッド)

 閃光と共に、強烈な爆破呪文が幽霊騎士の頭部に叩き込まれた。

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・ 

 幽霊騎士だからこそ――――生前の姿に(こだわ)っているのかもしれない。

 頭部を吹き飛ばされて、現存し続ける死人は骸骨騎士(スケルトン)か、首無し騎士(デュラハン)くらいのもの。

 もっとも、首無し騎士の幽霊というものが存在しているのか、ユウトは知らない。

 だから、幽霊騎士の体は霧散して消えていった。

(強敵だった……本当に強敵。不意を狙い、隙を突き、卑怯に卑怯を重ねて、ようやく勝てた。もう一度やったら負けるだろうな……)

 強敵に敬意を示しながらも、ユウトは回復薬(ポーション)を探した。

 両手は使えない。負傷している両手、事もあろうに爆発させたのだ。

 ――――使えるはずもない。

 地面を転がり、口で雑囊(ざつのう)から回復薬を取り出す。それから器用にも蓋を開けて飲み干した。

「強度の高い瓶で助かった。危うく、両手が使えないまま帰宅するところだったぜ」

 誰に聞かせることもなく、冗談を呟いた。  

 もちろん、冗談だ。

 事実、雑囊から取り出す必要もなく、彼の衣服には回復薬を固体化させた飴が、幾つか仕込まれていた。 

「――――いっ……痛ッ!」と回復薬の効果が瞬時に現れ、麻痺していた痛みを取り戻した。

 本来なら両手を失いかねない大怪我。 

 回復薬(ポーション)による超回復は、火傷は治り、皮膚は再生し、折れた骨も繋がる。
 
 しかし、その痛みは尋常のものではない。

 ユウトは悲鳴をあげないように歯を食いしばり、痛みに耐えるように激しく地面を転がった。

 完全回復まで、地獄の痛みをユウトは経験した。
 
「やれやれ……」と何事もなかったかのように彼は立ち上がった。

「ゴースト系魔物からは、素材として売れる戦利品が手に入らないから……いや、待てよ」 

 幽霊騎士が霧散した場所、何か違和感がある。

 よく目を凝らせば―――― 半透明な弓が落ちていた。

「へぇ……死後でも弓だけは残ったか? それとも元々、こういう弓をどこかで手に入れていたか」 

 ユウトは半透明の弓を拾い上げた。 呪いがかけられていないか、警戒しながらも弓を引く。

「弓の良し悪しはわからないが、きっと良い物なんだろ――――よし、帰って売るか」

 しかし、帰ろうとしたユウトは足を止める。

 まだ奥に何かがある。 このダンジョン――――まだ、何かがいる。