追放された魔法使いは孤高特化型魔法使い(ぼっち)として秘密のダンジョンと大食いに挑む

 堕天使の口が動くのがわかった。 声にならない声……しかし、詠唱は成立した。

炎剣(イグニスグラディウス)

 その言葉に従って魔剣には炎が灯る。

「こいつ、俺の魔法を学習した!?」

 堕天使は魔剣を振る。炎が身に纏った斬撃だ。

 初めての攻撃に反応が遅れたユウト。 回避は間に合わない……辛うじて盾で防御する。 しかし、それは無意味だった。

 堕天使が繰り出しているのは、間合いを無視する魔剣の技。

 盾を通過してユウトの体に2線の太刀筋を刻む。

「ぐっあっ!」と激しい痛みと高熱に襲われ、叫びが漏れる。

(だ、だが、まだ命には届いていない……)

「ならば! —————冬嵐(ヒエムステンペスタス)」  

 ユウトの狙いは、炎を放った直後の魔剣。 先のゴーレム戦と同様に、高熱からの強制冷却を行い――――

 ピキッと金属が異音を鳴らす。

(魔剣だって、元は金属なのに普通の剣と同じはず。なら、これで自壊するはず)

 ユウトを前に出る。 この好機を逃せぬと回復すらしていない彼の動きは鈍かったが……

 だから、堕天使は剣を振る。 十分にユウトを殺せると判断したのだろう。

 だが、そうはならなかった。 

 向かい来る剣。 むしろ、それを狙って――――

「回避と同時に盾で殴る!」

 脆くなった魔剣は、衝撃に耐えきれなかった。 想像よりも簡単に砕け――――

(あっ……こいつ、笑っている。 何か見落としている。罠が仕掛けられているのは)

 堕天使は砕けた魔剣を捨てた。 

 予め、捨てる事を考えていた。そういう動きだ。

 一方のユウトは、武器破壊を狙った一撃を放った事で、無防備な姿を見せている。

 そのユウトに向かって、堕天使は手刀による刺突を繰り出した。

(――――ッ! コイツ、俺とゴーレムの戦いを見ていたのか? だから、氷結の魔法を使って魔剣を破壊すると分かっていて――――)

 接触する直前————ユウトの鎧を貫き、その刺突が肉を斬って内部へ入り込んでいく最中————彼は切り札を切った。

直線爆破(リーネア・レクタ・イグナイテッド)

 瞬く閃光と衝撃。 硝煙のごとく激しい煙は直撃を受けた堕天使を隠す。

 接近戦における爆破魔法。  威力向上に費やした破壊特化の魔法だ。

 そして、その魔法は杖による魔法ではない。

 手甲に魔石を仕込んでいる事によって、徒手空拳のスピードに対処できる速度で発動できる。

 無論、至近距離で爆破魔法を発動したユウトも無事ではないが……

「やったか?」と両手に激しいダメージを負ったユウトは、目前で倒れているはずの堕天使を見えないまま、睨みつけた。

 その直後だった。背筋がゾクリと寒気が通り抜けた。

 戦いの経験則によるものか? それとも極まった集中力が殺気という存在せぬものまで感じ取ったのか?

(なにかが飛来してくる? 狙いは背後……後頭部か?)

 そう考えるよりも早くユウトの体は反応していた。 その場でしゃがみ込むと飛来物————おそらく、堕天使の攻撃を回避。    

 自分の頭上を高速で通り抜けて行く攻撃。彼はそれを見た。

 堕天使が広げた黒い羽。 それを大きく左右に広げる事で、ユウトを迂回するような軌道。 仮に上から見れば、抱きしめるような動きだっただろう。

(なるほど、手で人を貫けるなら、羽でも同じことができてもおかしくないか!)

 ユウトは、一気に大きくしゃがみ込んだ。その反動を利用する。

 低い体勢で空中で前転。傷ついた両手を使わずに――――既に自分の頭があった場所を通過していった堕天使の羽を加速させるように――――

「行けっ!」と両足で蹴り飛ばした。

 その勢いの分だけ、勢いと加速が増した堕天使の羽……その先にいるのは、当然ながら堕天使本人だ。

 だから、周囲を覆い隠している煙が霧散していった時————
 
 自ら羽に胸を貫かれている堕天使が立っていた。

「今度こそ……致命傷だな」

 およそ助かる傷ではない。 もう堕天使も動きを止めていた。

 ユウトは回復薬を取り出し、口に運んだ。 

 その時だった。

「……だった。 見事だった、人間よ」

 誰の声か? わからない。 ただ、堕天使の口が動いている事にユウトは気づく。

「お前、言葉を……まさか、学習したのか? この短時間で?」

「さて、どうだろうな? 今は私を生み出し、育てて、葬った。そんな人間に感謝したい」

「――――」とユウトは言葉がでなかった。 殺してくれたありがとうと言う者に、なんと言葉をかけてやればいいのか? 答えがでてこないからだ。

「私は堕天使。 私は魔導書。 いずれ、新しい私が生まれる事は決まっている。できれば、次の堕天使を生み出すのはあなたの魔導書になる事を――――」

「悪いが、俺は魔導書をそこまで成長させるつもりは――――ない!」

 彼は堕天使の声を遮った。 それだけ言うと、まだ喋り足りなそうな堕天使に魔法で――――

 とどめを刺した。