「見て! 湖が見えてきたよ!」

 そう言って手を繋いだまま駆け出すイルと茜ちゃん。
 林を通り抜ける小道を抜けた先に見えたのは、言った通り湖だ。

 街から二時間もかかったけれど、湖は光が反射してキラキラと輝き、林を抜けると、その全貌が見えてきた。

「へえ。思ってた通り綺麗だね」

「キラキラですの! お魚いっぱい捕まえますの!」

「よーし、私も頑張るよ! そのために塩を買ってきたんだもん!」

 うん。それは楽しみなんだけどね。君達に『薬草採取の依頼を忘れてないかい』と聞いてみたい。

 林を抜ける手前から、鑑定で見ていると、結構な数の薬草が生えているのを見つけたから、少し集中すれば、いつもくらいの量は昼前に――。

「アカネ、早く行くですの! お魚が待っているのですよ!」

「うんうん、あっ、イルちゃん! そんなに慌てると転けちゃうよ!」

 ――って、集められると思ったけど、まあ、楽しんでからで良いかな。

 人が歩く分だけ茶色く草が生えていない。
 その道をトテトテと走るイルのスピードに合わせて走る茜ちゃん。

 俺はイルの頭の上に乗り、緩やかな風を感じてる。
 この世界で生きてくなら、この二人は絶対に護って行こうと心に決めた。
 そして……どこかをのんびり旅するのも良いな。

 なんて事を考えてたんだけど。

 俺は茜ちゃんに飛び移り、幻影(ミラージュ)をかける。

「ほへ? どうしましたの?」

「くそっ! なんでここに来てるんだ! ちょっと左のずっと先! あれを見て、ゴブリンだ」

「誰か戦ってます! 助けに――嘘っ!」

 イルの頭の上から微かに見えたんだけど、茜ちゃんに飛び移り見えたのは、俺達がいる道から左に外れた二百メートルほど先、湖の畔でゴブリン二匹を取り囲む三人。

 金谷と取り巻きの二人だ。

「ゴブリンは二匹か、微かだけど叫ぶ声が聞こえる」

「友里くん。もしかすると――」

「仲間を呼んでると思う……っ! 後ろっ! イル、茜ちゃん、後ろの林から気配がするぞ! それも昨日より大量だ!」

「ほへ? またゴブリンが来ますの? ユ、ユウリ、大丈夫なのです?」

「やるしかない! 茜ちゃん、もう少し林から離れて湖の近くへ!」

「はい! イルちゃんおんぶです!」

 イルに背中を向けてしゃがむ茜ちゃん。
 イルはすぐさま茜ちゃんの背中に飛び乗ると、グンっと立ち上がるタイミングで茜ちゃんに身体強化をかける。

「にょわっ! ま、また! でも、これで早く走れます。いきますよ!」

「はいですの! よーいどんなのです!」

 くそっ! ゴブリンはいつもの森にいると思い、まったく警戒してなかった。

 走り出してすぐに林から飛び出すゴブリンが見えた。

 その数は五十を超えていそうだ。
 それにゴブリンだけじゃない。数匹だけど灰色の肌をした、豚っ鼻がいる。

 鑑定の結果、オークだと言うことが分かる。

「オークもいるぞ! 茜ちゃん、ここで良いから止まって! 迎撃だ!」

 林から百メートル。
 金谷達とも百メートルの位置で止まってもらい、魔法を唱え始める。

「ウォーターランス! ウォーターランス! ウォーターランス!」

 茜ちゃんには一応ポーズだけだが、ゴブリン達に向けて手を伸ばしておいてもらう。

 ウォーターランスが発射され、まっすぐゴブリン達に向かい、先頭の一匹目に突き刺さり、そのまま体を抜けて後ろのゴブリン達にもウォーターランスは届いた。

 三匹は一発で倒せるようだ。

「よし! ウォーターランス! ウォーターランス! ウォーターランス!」

 それでも数が多いため、少しずつ間合いを詰められている。

 最初、七十メートルは開いていたのに、今はもう五十メートルを切ってきた。

「ユウリ! 頑張ってですの!」

「おう! 手はもう良いからイルをしっかりおんぶして、少しずつで良いから下がって! 間合いが近すぎる!」

 俺の言葉に茜ちゃんは、イルのおんぶをしっかりと腕を回して担ぎ直し、身体強化の効いた体でバックステップしてくれる。

 グン、グンと後ろ向きに下がってくれるため、詰まり始めた間合いが縮まなくなった。

 だが背後で『なんだありゃ! 逃げんぞ!』『うわぁぁー! 金谷くん待って!』『おいてかないで!』と、アイツらもこの状況に気付いたようで、逃げ始めたようだ。

「ってか、倒してから逃げてくれよ! ウォーターランス!」

 背後に一発だけ飛ばし、ヨタヨタとこちらに向かってきていたゴブリンを倒す――が、二匹を突き抜けたウォーターランスは逃げた金谷達を通り越し、十数メートル先で地面に突き刺さった。

 アイツらに当たらなくて良かったけど『テメエ! 何しやがる!』『そんなことより早く逃げよう!』『冒険者ギルドに報告すればアイツら終わらせられるから!』なんて――くそっ!

「好き勝手言ってるけど、今はこっちだ! ウォーターランス!」

 長く戦っていた気もするけど、たぶんまだ五分もたってない。
 残りはゴブリン五匹と、オークの残りが二匹だ。

 ここまで来て一気に近付いてこようとせず、遠巻きに俺達を湖の畔に追いやって来る。

「ゆ、友里くん、もう後ろが無いよ、私も攻撃魔法が使えたら少しは役に立てるのに」

「聖女は回復系だから仕方無いって、ここは俺に任せておいて、大丈夫、次は逃げられないから――ウインドカッター!」

 透明な三日月が俺達の上に浮かび、シュンと微かな音を立てた次の瞬間、避けることもなく、オークとゴブリンに吸い込まれ、背後に抜けていった。