ザザザと波の押し寄せる音が耳を刺激した。

 意識がはっきりとしてくると同時に、後頭部に鈍い痛みを感じる。慌てて瞼を開くと、雲一つない青空だ。

「ここは……元の世界なのか?」

 声は返ってこない。しかし気配がある。上半身を起こして周囲を見渡すとここは砂浜で、少し離れたところで海亀がこちらを見ていた。その海亀の上には、もう大分小さくなった黒い渦が見える。

 あの黒い渦は現代と未来のそれぞれの基点を繋いでいる筈だ。未来側はスマホ。そして現代は……海亀?

「あっ!」

 海亀は俺を警戒したのか、パタパタと海へと入っていく。

「ちょっと待ってくれ! お前に行かれると向こうに戻れなくなってしまう!」

 追いかけるが、海に入った海亀はグングン遠ざかっていく。差は開く一方。やがて……見えなくなった……。

「仕方がない。必ずチャンスはある。今は……母さんだ」

 うちの母親は何の病気なのだろうか……? 早く会いに行かなくては……。気持ちだけが先走る。

 多分ここは配信をしていた無人島だろう。週末になれば釣り客が上陸したりする筈。頼み込めば船にも乗せてもらえるだろう。しかし、今は人の気配はない。

 手持ち無沙汰になり、試しに未来から持ってきた昆虫を食べてみたが、バフの効果はなさそうだ。この現代では、俺はただの人だ。何か特別なことが出来るわけではない。

「誰か……来てくれ……」

 俺は砂浜に座り、ただ祈った。


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 日頃の行いが良かったのだろう。俺が無人島にいた時間は半日もなかった。近くを通った釣り船に全力で助けを求め、直ぐに乗せてもらえた。

 釣り人の中に俺のチャンネルの登録者が居たのがデカかった。ゲテモノ食いも役に立つことがあるのだ。

 お礼に「目の前でフナムシ食べましょうか?」と伝えたが、固辞された。謙虚な視聴者さんである。

 羽田空港から飛び立つ飛行機を眺めている内に、船は東京湾に入っていた。

 運河を上り、大井競馬場が見えてくる。

 妙な気分だ。未来の大井競馬場はモンスターに追われた人々が共同生活をする集落だった。

 世奈や一条院は元気に暮らしているだろうか? 未来での出来事を思い出すというのは、変な感じだ。時系列的におかしい。

 運河は更に細くなり、釣り船が岸につけられた。渡し板で船から降りると、久しぶりの東京に戻ったという実感が込み上げてきた。

 しかし、感慨に耽っている暇はない。俺にはやるべきことが山ほどあるのだ。

 釣り船屋の店主に何度もお礼を言い、リュックから久しぶりに財布を出して料金を払おうとする。しかし、受け取ってもらえない。「今度、動画で紹介してくれ」とだけ言われる。

「喜んで! 本当にありがとうございました!」

 そう頭を下げ、くるりと向きを変えて走り出した。通りに出てタクシーを拾うのだ。とりあえず、実家へ……。

 俺は「空車」を掲げたタクシーを呼び止め、久しぶりに実家の住所を口にした。

 さぁ。急いでくれ……。