アンスラの屋敷の中に、やけに分厚い扉の部屋があった。それは何かを封じているかのように厳重に閉められている。

「ここはワシの研究室。棚に置いてあるもんに触るんじゃないぞ?」

 そう言ってからアンスラが手を翳すと、扉に光が走ってズズズと横にスライドし始めた。

 なるほど。怪しい。

 ガラスのビーカーのようなものが棚にずらりと並んでいて、その中身は様々だ。ぷかぷかと浮かぶクラゲとタコの中間のような生物であったり、拳ほどの巨大な目玉であったり、自分の尻尾を飲み込み続ける蛇のような何かだったり……。

 その他には手術台を思わせるベッドと、モノが山と積まれている大きな机があった。

「ルーメン! 勝手に食べたら駄目だからね!」

「へんな前振りをするな!」

「オンシ等、緊張感がないのぅ」

 やれやれと呆れた感情を示したアンスラは机まで歩き、インクと筆のような物を手に取った。

「魔法を補助する陣を描くから、ちょっと待っておれ」

 そう言うと床にしゃがみ込み、光り輝くインクで複雑な紋様を描き始めた。直径五十センチぐらいの円を花弁で縁取り、花輪のように見える。陣という単語から想像していたものとはかなり違う。

「ふむ。まぁ、こんなもんじゃろ。ニコよ、そこのベッドに寝転がれ」

「わかった!」

 ニコは元気に返事をしてからベッドに転がる。意外と寝心地がいいらしく、「おぅ、ふかふか」と喜んでいる。

「今からこの腕輪をニコにしてもらう」

 アンスラが自分の左の手首に嵌めている腕輪を指差した。

「腕輪?」

「そうじゃ。この腕輪は魔道具でな、魔力を吸い上げてこの森の結界に送る仕組みになっておる。ニコが腕輪を付ければ、気を失うことになるじゃろう。ワシが魔法でルーメンをあっちの世界に送ったら、すぐに腕輪を引き継ぐ。五分もかからん筈じゃ。なんとか耐えろ」

「わかった」

 ニコの瞳に不安が宿る。しかし、決意は覆らないだろう。

「すまない。ニコ」

「大丈夫! 早くお母さんに会ってきてあげて! そして戻って来たら子供作ろうね!!」

「……考えておく」

 配信してなくてよかった……。向こうに戻ったら即逮捕になりかねない。

「では、ニコ」

 アンスラがベッドの傍らに立ち、左手でニコの右手を握った。そして、スルスルと腕輪が移動してニコの右手に移り──。

「うっ……!」

 ニコの身体が俄かに輝き、それが収まる頃にはニコは眠ったように静かだ。

「ほれ、ルーメン! そのスマホを陣の中央に置け!」

 一刻を争うのか? アンスラの口調が荒い。それに促され、スマホを床に描かれた円い陣の中に置く。

「よし! やるぞ!!」

 アンスラがスマホに向かって手を翳すと、陣から光が立ち昇る。

「空間に穴が空いたら、そこに迷わず飛び込むんじゃ!!」

「分かった」

 光はどんどん強くなって──。

「開け!!!!」

 突然、中空に黒い穴が現れた。中心に向かって渦が巻いている。

「早く! そう長くはもたん!! 行け!! そして、あの件を忘れるなよ!!!!」

 ええい、ままよ!! 俺は黒い渦に向かって頭から飛び込んだ。