「おんしの母親が危篤かぇ。それで、どうしたい?」
水着の上にガウンを羽織ったアンスラが、一人がけのソファで足を組み替えながら言った。セクシーな仕草だが、今はそれを見ても何も感じない。あるのは焦りだけだ。
「……どうすると言っても、やりようがないだろ?」
これは嘘だ。パンダモンドから元いた時代へ戻れるかもしれないと、話は聞いている。奴は「俺に無理だよ。俺には……」と言った。ならば、他の誰かなら……。
「……ねぇ。アンスラならルーメンを元いた時代に戻せるんじゃないの?」
俺の隣に座るニコが、恐る恐る口を開く。アンスラが形の良い眉をピクリと上げた。
「ほぉ。パンダモンドのやつに何か聞いたようじゃな?」
アンスラの瞳の奥に、怪しい光が灯る。
「あぁ。このスマホが俺の元いた時代と管のようなもので繋がってるってな。その管を魔法で広げて俺を放り込めば……」
「──確かに戻れるじゃろうな」
ローテーブルに置かれたスマホに、三人の視線が集る。
「しかし、ワシがその魔法を使うわけにはいかん」
「なんでよ!!」
ニコがソファから立ち上がる。
ふぅ。と息を吐き、一度瞳を閉じてからアンスラは話始めた。
「別に意地悪で言うとるわけじゃない。おんし等には、ワシがこの屋敷でのんびり遊んどるように見えるかもしれん。しかし、こう見えても働いとるんじゃ。常に膨大な魔力をこの森の結界に注いでおる」
「でも! ちょっとだけなら!」
「甘い!!」
アンスラがピシャリと言い放った。
「一度結界が破れれば、修復には何年もかかるじゃろう。その間、あっちの世界からモンスターが津波のように押し寄せてくるぞ? この周辺にすむ人間達を危険に晒して良いと言うのか!?」
「……ご、ごめんなさい」
消沈し、ソファに戻るニコの目には涙が溜まっている。
「ニコ。いいんだ。諦めよう」
「でも! ルーメンのママは会いたがっているんでしょ! もう会えないかもしれないのよ!!」
ニコは自分の母親との別れを思い出しているのかもしれない。
「こっちに飛ばされた時点で、大体のことは覚悟出来ている。仕方のないことだ」
「違うでしょ! ルーメンのママがルーメンに会いたいって言ってるの! ルーメンの覚悟は関係ない!!」
ニコが泣きながら俺の膝を叩く。
「……一つ」
「一つ?」
アンスラが観念したように言う。
「方法がある。強い魔力を持つものがいれば……。一時的に結界へ注ぐ魔力を肩代わりしてもらえれば……」
「それは、この地球上の能力者でも可能なのか?」
「無理じゃな。能力者は魔素を体内に循環させているだけじゃ。結界に注ぐような濃度の魔力を出力することは出来ん」
「……」
「わぁは? わぁのパパはオーガの頭領だぞ! わぁには半分、異世界の血が入ってる!」
──沈黙。
「……出来るかもしれない。しかし、ニコはまだ子供じゃ。どんな影響があるか分からんぞ?」
「大丈夫!! わぁはこう見えて、もう大人な顔負けのボディなのだ!!」
立ち上がって胸を張るニコ……。そういうことではないのだが……。
「アンスラ。ニコで大丈夫なのか?」
「正直なところ、多少寝込む程度じゃろうとは考えとる」
「へーき、へーき! わぁは強いから!」
どうする……。一度向こうに戻ってしまうと……。
「それに、そのスマホがこっちの世界にある限り、ルーメンの元いた世界との往来も可能じゃろうて。もちろん、その度に誰かが結界に魔力を注ぐ必要はあるがの」
「本当か!?」
「本当じゃとも。向こうの世界にも、このスマホのように世界を繋ぐ起点になっとるもんがある筈じゃ。それをおんしが確保しておればいい」
こっちの世界にも戻ってこられる……。
「何も問題ないじゃん!」
いつの間にか笑顔になったニコが俺の顔が覗き込んでいた。俺はゆっくりと頷く。
「よし。決まりじゃな。早速準備を始めよう」
「分かった!」
「……頼む」
アンスラが立ち上がり、「ついて来い」と言って歩き始めた。
水着の上にガウンを羽織ったアンスラが、一人がけのソファで足を組み替えながら言った。セクシーな仕草だが、今はそれを見ても何も感じない。あるのは焦りだけだ。
「……どうすると言っても、やりようがないだろ?」
これは嘘だ。パンダモンドから元いた時代へ戻れるかもしれないと、話は聞いている。奴は「俺に無理だよ。俺には……」と言った。ならば、他の誰かなら……。
「……ねぇ。アンスラならルーメンを元いた時代に戻せるんじゃないの?」
俺の隣に座るニコが、恐る恐る口を開く。アンスラが形の良い眉をピクリと上げた。
「ほぉ。パンダモンドのやつに何か聞いたようじゃな?」
アンスラの瞳の奥に、怪しい光が灯る。
「あぁ。このスマホが俺の元いた時代と管のようなもので繋がってるってな。その管を魔法で広げて俺を放り込めば……」
「──確かに戻れるじゃろうな」
ローテーブルに置かれたスマホに、三人の視線が集る。
「しかし、ワシがその魔法を使うわけにはいかん」
「なんでよ!!」
ニコがソファから立ち上がる。
ふぅ。と息を吐き、一度瞳を閉じてからアンスラは話始めた。
「別に意地悪で言うとるわけじゃない。おんし等には、ワシがこの屋敷でのんびり遊んどるように見えるかもしれん。しかし、こう見えても働いとるんじゃ。常に膨大な魔力をこの森の結界に注いでおる」
「でも! ちょっとだけなら!」
「甘い!!」
アンスラがピシャリと言い放った。
「一度結界が破れれば、修復には何年もかかるじゃろう。その間、あっちの世界からモンスターが津波のように押し寄せてくるぞ? この周辺にすむ人間達を危険に晒して良いと言うのか!?」
「……ご、ごめんなさい」
消沈し、ソファに戻るニコの目には涙が溜まっている。
「ニコ。いいんだ。諦めよう」
「でも! ルーメンのママは会いたがっているんでしょ! もう会えないかもしれないのよ!!」
ニコは自分の母親との別れを思い出しているのかもしれない。
「こっちに飛ばされた時点で、大体のことは覚悟出来ている。仕方のないことだ」
「違うでしょ! ルーメンのママがルーメンに会いたいって言ってるの! ルーメンの覚悟は関係ない!!」
ニコが泣きながら俺の膝を叩く。
「……一つ」
「一つ?」
アンスラが観念したように言う。
「方法がある。強い魔力を持つものがいれば……。一時的に結界へ注ぐ魔力を肩代わりしてもらえれば……」
「それは、この地球上の能力者でも可能なのか?」
「無理じゃな。能力者は魔素を体内に循環させているだけじゃ。結界に注ぐような濃度の魔力を出力することは出来ん」
「……」
「わぁは? わぁのパパはオーガの頭領だぞ! わぁには半分、異世界の血が入ってる!」
──沈黙。
「……出来るかもしれない。しかし、ニコはまだ子供じゃ。どんな影響があるか分からんぞ?」
「大丈夫!! わぁはこう見えて、もう大人な顔負けのボディなのだ!!」
立ち上がって胸を張るニコ……。そういうことではないのだが……。
「アンスラ。ニコで大丈夫なのか?」
「正直なところ、多少寝込む程度じゃろうとは考えとる」
「へーき、へーき! わぁは強いから!」
どうする……。一度向こうに戻ってしまうと……。
「それに、そのスマホがこっちの世界にある限り、ルーメンの元いた世界との往来も可能じゃろうて。もちろん、その度に誰かが結界に魔力を注ぐ必要はあるがの」
「本当か!?」
「本当じゃとも。向こうの世界にも、このスマホのように世界を繋ぐ起点になっとるもんがある筈じゃ。それをおんしが確保しておればいい」
こっちの世界にも戻ってこられる……。
「何も問題ないじゃん!」
いつの間にか笑顔になったニコが俺の顔が覗き込んでいた。俺はゆっくりと頷く。
「よし。決まりじゃな。早速準備を始めよう」
「分かった!」
「……頼む」
アンスラが立ち上がり、「ついて来い」と言って歩き始めた。