「ルーメン! 早く逃げよう!!」

「俺のことは大丈夫だ。ニコは先に逃げろ」

 この時代に来てからエンカウントした中で最大のモンスターだ。これを配信しないと嘘になる。ニコを先に行かせた後、俺は配信を開始した。

 リュックから取り出したバフアイテム──各種虫──を咀嚼しながら巨大ナメクジを観察する。確かにパッと見は地球のナメクジに近い。しかしやはり違う。何せコイツ──。

「足がある!」

 腹部に無数に並ぶ小さな足。地球のナメクジにはこんなものはない。コイツは異世界からやってきたナメクジなのか? とりあえずもっと怒らせてみよう。

 拳大の石を手に取り、巨大ナメクジの顔に目掛けて投擲する。目が悪いのか反応が鈍いのか。全く避けるそぶりは見せず、石はそのままナメクジの頭に深く突き刺さった。そして数秒後──。

「痛ィィイイイイイ!!」

 喋った!! そして反応が鈍い!!

 ナメクジはゆっくりとこちらに触角を向けた。その先端には紅く怒りに震える目がある。これは、流石に補足されたな。そろそろ逃げないと──。

「君カッ!? 私ニ石ヲ投ゲタノハ!?」

「違います!」

 カメラの前で手を左右に振って否定する。

「ソウカッ! 失礼!」

 そう言って触角をゆっくりと動かし、周囲を見渡す。一瞬ぐるっと周った後、もう一度こちらを向いた。

「ヤッパリ君ジャナイカ!? 私ニ石ヲ投ゲタノハ!?」

「違いますって! 初対面の人を疑うんですか? 心外です!!」

 カメラの前で拳を握って怒りを表情する。

「スマン!」

 巨大ナメクジは困ったように触角の先の目をグルグル回して唸っている。視聴者の反応はどうだ?


 コメント:おい、このモンスター……。
 コメント:あぁ、間違いないな……。
 コメント:馬鹿だ。
 コメント:これ、このまま逃げられるんじゃない?
 コメント:所詮、ナメクジよ。
 コメント:足が沢山あるのキメエええ!

 俺も同意見。コイツは馬鹿だ。このまま逃げられる。

 カメラを巨大ナメクジに向けたまま、ゆっくりと後退りをする。刺激を与えないように、そーっとだ。巨大ナメクジは何かを見つけたのか、ジッと線路を見ている。今がチャンスか?

「ワ、私ノ子供達ガ死ンデイル!!」

 今頃気が付いたのか!?

「許セナイ許セナイ許セナイ」

 紅い光がナメクジの巨体に広がっていく。

「許セナイ許セナイ許セナイイイイイイ!!」

 ナメクジの体から無数の触手が生まれ、辺りを薙ぎ払うように動き始めた。


 コメント:えっ、何この展開?
 コメント:あーぁ、ルーメンが怒らせたー。
 コメント:いや、やばくね? このモンスター。
 コメント:ルーメン、逃げた方がいいよ。
 コメント:触手プレイのチャンス!!
 コメント:ルーメンが触手に!!


 俺の触手プレイなんて需要ないだろ! ないよな!?

 ──ヒュン! と目の前を触手が通り過ぎる。そろそろ限界だ! 逃げるぞ!!

 怒りでその身を紅く染め、触手を勿体ぶるようにくねらせる巨大なナメクジがその無数の足を驚くほど滑らかに動かして走り始めた。そして、一直線に俺を追ってくる。

 俺は配信のことを忘れて本気で走り始めた。