午前中は狩をし、午後はアダチの授業を受ける。そんな暮らしを五日ほど過ごした夜。勝手に自分達の部屋にしていた都庁跡の一室で、ニコが言い放った。
「ルーメン! 学校はもういい!!」
「そろそろ飽きたと言い出す頃だと思っていたぞ。むしろよく持った方だ」
「わぁは飽きたのではない! 全てを理解したのだ!! もう学校は必要ない!!」
「本当か? では三×五はいくつだ? 確か昨日やっていたぞ」
「ルーメン! 男が過去を振り返ってごちゃごちゃ言うのはかっこ悪いぞ!」
まだしっかりとカタチを保っているミーティングテーブルの上で胡座を組み、スマホのライトに照らされるニコは何故か偉そうだ。
「ニコ、勉強は楽しくないのか?」
「わぁは気付いたのだ! ルーメンが側にいれば、わぁがわざわざ勉強をする必要はないと! 大体のことはルーメンに聞けば分かるからな!!」
なんと雑な理論だ。
「やっぱり面倒臭くなっただけじゃないか!」
「わぁは一つの場所に留まるような才能ではないからな! ルーメン、明日ここを出よう!」
とはいえ、そろそろ潮時というのは事実。視聴者のリアクションも「子供と一緒に勉強してます!」というような教育チャンネルのようなものになってきている。
ルーメンチャンネルのコメント欄は血を血で洗うような応酬が繰り広げられるべきだ。「為になる」なんてのは糞食らえだ。
「分かった。明日アダチに言ってここを出よう。荷物をまとめておけ」
「了解!」
ニコは散らかしていた自分の荷物をリュックに詰め込み始めた。
さて、またしばらくは拠点を転々とする日々が始まる。今晩はゆっくり休むとしよう。
#
再び新宿中央公園跡。アダチはかつて水場のあったところに腰を下ろし、バッタ人間達が狩をする様子を柔らかな表情で見ていた。
「アダチ! わぁは退学するぞ!」
そこに駆け寄ったニコが開口一番、宣言した。
「おぉ、そうか。そろそろとは思っていたんだがな。寂しくなる」
「世話になったな」
「なに。こちらこそ久しぶり人間と話せて楽しかったよ。次は何処にいくつもりだ?」
「特に当てはないんだ。気ままに行くよ」
「それもよかろう」
そう言ってアダチは立ち上がり、こちらに歩み寄って右手を差し出した。
別れの握手か。
普段から酷使しているのか、アダチの手は赤黒い。求めに応えて握り返すとゴツゴツしていた。少々意外だ。
「元気でな」
「アダチこそ、もう歳なんだ。労れよ」
握手を解くと、照れ臭そうにアダチは頭を掻いた。
「ルーメン、行こ!」
もう退屈したのか、ニコは北に向かっている。
「じゃあな」
少し歩いて振り返るとアダチとバッタ人間の姿は見えなくなり、ただ青空に都庁跡があるだけだった。
#
「ルーメン。なんで戻っているんだ?」
休憩の後、俺がまた都庁跡に向かって歩き出すとニコは咎めるように言った。しかし、何かを察したのか、いつもよりは声量を抑えめだ。
すでに陽は落ち、茜色の空は徐々に暗くなっている。
「ニコはアダチのことをどう思った?」
「ジジイ」
「……まぁ、そうだな。奴はジジイだ。それにたぶん、能力者でもある」
「そうなのか? 何も能力を使ってなかったけど」
「奴はバッタ人間から当たり前のようにモンスター化したコオロギの脚を受け取っていただろう。そして後で食べると言った……」
「つまり……変態ってこと?」
ニコが迫真の顔を作る。
「いや、そうじゃない」
「わかった! 昆虫食のライバルが現れたから消しにいくのか。自分以外の昆虫食を認めないその執着心……。怖い。ルーメンが怖い」
ニコの頭を小突くとケタケタと笑う。国語の授業を受けたせいか、妙な言い回しをするようになったな。
「俺の知る限り、普通の人間はモンスター化した虫を食べることが出来ない。たぶん魔素ってやつが含まれているからだ。魔素を多少なりとも体内に取り込めるのは能力者だ」
「わぁはモンスターを食べられるぞ!」
「それはニコがオーガの血を引いているからだろう。前に居た集落でもハイオークの肉を食べられたのは能力者だけだった。魔素が強過ぎたのか、翌日腹を下していたがな……」
「ふーん。それでなんで戻るんだ?」
「俺はバッタ人間に関するアダチの説明が嘘だと思っている」
「トノサマバッタと異世界のモンスターがユウゴーしたってやつ?」
「そうだ。もしそんなことが起きるならそこらじゅうで似たような生き物が生まれている筈だ。あそこにだけいるなんておかしい。……アダチは何かを隠している」
「分かった! 秘密を暴いて配信するってことだな!」
「そういうことだ。俺は配信者だからな」
ニコがアクションカメラに近寄り、「秘密を暴く!」と決め顔をしている。当然伝わらないので、くすねてきた鉛筆でぼろぼろになったビルの壁にこう書いた。
『これからバッタ人間の秘密を暴く! 生温い教育チャンネルの真似事は終了だ!!』
その途端、コメント欄は激流のように流れ始めた。
「ルーメン! 学校はもういい!!」
「そろそろ飽きたと言い出す頃だと思っていたぞ。むしろよく持った方だ」
「わぁは飽きたのではない! 全てを理解したのだ!! もう学校は必要ない!!」
「本当か? では三×五はいくつだ? 確か昨日やっていたぞ」
「ルーメン! 男が過去を振り返ってごちゃごちゃ言うのはかっこ悪いぞ!」
まだしっかりとカタチを保っているミーティングテーブルの上で胡座を組み、スマホのライトに照らされるニコは何故か偉そうだ。
「ニコ、勉強は楽しくないのか?」
「わぁは気付いたのだ! ルーメンが側にいれば、わぁがわざわざ勉強をする必要はないと! 大体のことはルーメンに聞けば分かるからな!!」
なんと雑な理論だ。
「やっぱり面倒臭くなっただけじゃないか!」
「わぁは一つの場所に留まるような才能ではないからな! ルーメン、明日ここを出よう!」
とはいえ、そろそろ潮時というのは事実。視聴者のリアクションも「子供と一緒に勉強してます!」というような教育チャンネルのようなものになってきている。
ルーメンチャンネルのコメント欄は血を血で洗うような応酬が繰り広げられるべきだ。「為になる」なんてのは糞食らえだ。
「分かった。明日アダチに言ってここを出よう。荷物をまとめておけ」
「了解!」
ニコは散らかしていた自分の荷物をリュックに詰め込み始めた。
さて、またしばらくは拠点を転々とする日々が始まる。今晩はゆっくり休むとしよう。
#
再び新宿中央公園跡。アダチはかつて水場のあったところに腰を下ろし、バッタ人間達が狩をする様子を柔らかな表情で見ていた。
「アダチ! わぁは退学するぞ!」
そこに駆け寄ったニコが開口一番、宣言した。
「おぉ、そうか。そろそろとは思っていたんだがな。寂しくなる」
「世話になったな」
「なに。こちらこそ久しぶり人間と話せて楽しかったよ。次は何処にいくつもりだ?」
「特に当てはないんだ。気ままに行くよ」
「それもよかろう」
そう言ってアダチは立ち上がり、こちらに歩み寄って右手を差し出した。
別れの握手か。
普段から酷使しているのか、アダチの手は赤黒い。求めに応えて握り返すとゴツゴツしていた。少々意外だ。
「元気でな」
「アダチこそ、もう歳なんだ。労れよ」
握手を解くと、照れ臭そうにアダチは頭を掻いた。
「ルーメン、行こ!」
もう退屈したのか、ニコは北に向かっている。
「じゃあな」
少し歩いて振り返るとアダチとバッタ人間の姿は見えなくなり、ただ青空に都庁跡があるだけだった。
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「ルーメン。なんで戻っているんだ?」
休憩の後、俺がまた都庁跡に向かって歩き出すとニコは咎めるように言った。しかし、何かを察したのか、いつもよりは声量を抑えめだ。
すでに陽は落ち、茜色の空は徐々に暗くなっている。
「ニコはアダチのことをどう思った?」
「ジジイ」
「……まぁ、そうだな。奴はジジイだ。それにたぶん、能力者でもある」
「そうなのか? 何も能力を使ってなかったけど」
「奴はバッタ人間から当たり前のようにモンスター化したコオロギの脚を受け取っていただろう。そして後で食べると言った……」
「つまり……変態ってこと?」
ニコが迫真の顔を作る。
「いや、そうじゃない」
「わかった! 昆虫食のライバルが現れたから消しにいくのか。自分以外の昆虫食を認めないその執着心……。怖い。ルーメンが怖い」
ニコの頭を小突くとケタケタと笑う。国語の授業を受けたせいか、妙な言い回しをするようになったな。
「俺の知る限り、普通の人間はモンスター化した虫を食べることが出来ない。たぶん魔素ってやつが含まれているからだ。魔素を多少なりとも体内に取り込めるのは能力者だ」
「わぁはモンスターを食べられるぞ!」
「それはニコがオーガの血を引いているからだろう。前に居た集落でもハイオークの肉を食べられたのは能力者だけだった。魔素が強過ぎたのか、翌日腹を下していたがな……」
「ふーん。それでなんで戻るんだ?」
「俺はバッタ人間に関するアダチの説明が嘘だと思っている」
「トノサマバッタと異世界のモンスターがユウゴーしたってやつ?」
「そうだ。もしそんなことが起きるならそこらじゅうで似たような生き物が生まれている筈だ。あそこにだけいるなんておかしい。……アダチは何かを隠している」
「分かった! 秘密を暴いて配信するってことだな!」
「そういうことだ。俺は配信者だからな」
ニコがアクションカメラに近寄り、「秘密を暴く!」と決め顔をしている。当然伝わらないので、くすねてきた鉛筆でぼろぼろになったビルの壁にこう書いた。
『これからバッタ人間の秘密を暴く! 生温い教育チャンネルの真似事は終了だ!!』
その途端、コメント欄は激流のように流れ始めた。