バッタ人間達は朝、狩に出掛けるらしい。新宿中央公園跡やその周辺に散らばり、それぞれのやり方で魔物化した虫を取っている。

「ルーメン! あいつ、罠を仕掛けているぞ」

 ニコが指差す先に一人のバッタ人間がいた。むかし話に出てくるようなカゴ罠を仕掛けている。つっかえ棒に紐を結び、遠くから虫がカゴの下に入ってくるのを待つつもりらしい。

「普通に手で捕まえた方が早そうだけどな」

「まぁ、そう言うな。イチローは工夫するのが好きなんだ」

 声のした方を振り返ると、相変わらず白衣を着たアダチだった。

「イチローと言うのか? あれは」

「ああ。そうだ。私が勝手に呼んでいるだけだがな」

「もしかして、全員に名前があるのか?」

「いや。特徴のある個体だけだ。例えば──」

 アダチが指差した先に他より体の大きなバッタ人間がいた。

「あれはフトシ」

「ひゃっひやっひやっ! フトシって!!」

 ニコが人の背中をバンバン叩きながら笑う。

「まんまだな」

「ワシは分かりやすさ重視なんじゃよ」

 アダチはそう言って辺りを見渡し、幾つか特徴的な個体について説明をした。そしてタイミングが来た。

「そろそろ、あいつらが何なのか教えてくれないか? 異世界から来たモンスターってわけじゃないだろ?」

「……ふむ。そうだな。例えば、この娘、ニコと言ったか? この娘はオーガと人間の間に出来た子じゃろ?」

 ニコがキッとアダチを睨む。心外だというように。

「あいつらもそうだというのか?」

「似たようなもんじゃと思っとる」

「……似たようなもの?」

 アダチが困ったように頭を掻いた。

「勿論、推測だぞ。ワシだって見たわけじゃない。ただ、異世界とこの地球が融合したタイミングで、生き物同士だって融合した可能性はあると思わんか?」

 ……なんとも言えないな。もはや何でもありのこの時代だ。肯定も否定も出来ない。

「あいつらはトノサマバッタと異世界のモンスターが融合したってことか?」

「そうじゃ」

「しかし数が多くないか? どうやって繁殖している?」

「ある時期がくると、奴等はオスとメスに分化するんじゃ。今は中性状態じゃがな。繁殖期は朝から晩までサカッて大変じゃぞ」

 そういえば今朝、バッタ人間どもが俺達が寝ているのを覗いて騒いでいたな。そーいう知識はあるのか。

「ということは、アレで成体なのか? もう大きくならない?」

「そうだ。子供のように見えるが、成体だ。行動が幼稚に見えるのは単に生物としての知能レベルがそうというだけだ」

 なるほど。異世界のモンスターベースの知能なら、あれぐらいなのかもしれない。

「奴等については一応分かった。それともう一つ」

「……なんじゃ」

「なんでアンタはここで学校の真似事なんかしているんだ? 生まれた時からここにいるわけじゃないだろ?」

「……そんなことか」

 アダチはまた頭を掻く。

「ワシは元々、埼玉にあった集落で暮らしとった。だが、ある日、集落は巨大なモンスターに襲われてな……」

「それで?」

「命からからがら逃げてきて、ここに住み着いただけじゃ。何故だか知らんが、こいつらとおるとモンスターには襲われんからな」

 モンスター同士の縄張りがあるってことか? そういえば今までの集落でも争っているのは人間とモンスターばかりでモンスター同士が争ったりはしていなかったな……。

「先生ー!!」

 高い声を上げながら罠を仕掛けていたバッタ人間がこちらに駆け寄ってきた。その手にはモンスター化した巨大なコオロギがある。

「罠デ取レタヨ! 先生ニ脚アゲル!」

 バッタ人間は嬉しそうにコオロギの脚をもいでアダチに差し出す。

「おお、すまんな。後で炙って頂こう」

 そう言って受け取ったコオロギの後ろ足を白衣のポケットに仕舞った。収まり切らず、先っぽが出てしまっている。

「ルーメン! わぁもお腹空いた! 普通の動物を捕まえよう!!」

 何故かさっきから発言の度に俺の背中を叩いている。楽しいのか?

「そうだな。さっき鹿の鳴き声が聞こえた。探しに行こう。じゃぁ、アダチ。午後戻れたらまた、ニコが授業を受ける」

「期待せず待っとるよ」

 ニコは森が深くなる方に向かって走っていく。相変わらず脚が速い。

 少しして、鹿の悲鳴が新宿中央公園跡に響くのだった。