「先生! ワカリマセン!」

 バッタ人間の一人が挙手をしてそう言うと、自分も分からないと言い出す輩が続出した。アダチは少し面倒臭さそうにしながらもそれぞれのテーブルに足を運び、相手が納得するまで説明している。

 都庁跡の四階。かつて食堂があったフロアはどうやら学校として機能しているらしい。生徒はバッタ人間で先生はアダチだ。

 どこから運び込んだのか黒板がちゃんとあり、白のチョークでアダチは文字を書く。今日は算数の授業のようだ。

「ニコ、たぶんここは……学校だ」

「おおっ! これがっ! 学校なのかっ!」

 ニコは憧れの学校にテンションが高い。

「ああ。謎は多いが学校だ」

 ふと天井を見遣ると明るい。外の光をどうにか反射させてここまで届けているようだ。電気が使えないなりの工夫だろう。アダチがやったのだとしたら、なかなかのものだ。

 ニコと俺は席の空いていたテーブルにつき、授業を受けることにした。アダチには聞きたいことが山ほどあるが、授業の邪魔をするのは憚られる。大人しく待つとしよう。コメント欄でも眺めながら。

 コメント:バッタ君と一緒に授業て……
 コメント:ちょっとこの絵、シュールすぎるだろ。
 コメント:白髪のおじいちゃんは敵、味方?
 コメント:今度は警戒しろよ、ルーメン。
 コメント:紙と鉛筆、あるんだ。
 コメント:他の集落はなかったよ。
 コメント:バッタ君、鉛筆かじってるやん……
 コメント:足し算してるの?
 コメント:バッタ君が指を使って計算してる
 コメント:てか、五本指なのな
 コメント:バッタ君はなんなの? モンスター?

 そう。それだ。バッタ人間は一体なんなのか? 異世界からきたモンスターとは少し違う気がする。かといって、地球のトノサマバッタが魔物化したとは考え辛い。他の虫の魔物化と違い過ぎる。

「……うーぬぬぬぬ」

 ニコが足し算の問題に唸っている。

「答えは……」

「ルーメン、うるさい! わぁは自分で考える!」

 怒られた。日本語はしっかりと母親に習っているニコだが、算数は全然らしい。

「おや、ニコは算数が苦手かな?」

 こちらの様子を見にきたアダチが少し楽しそうに言った。

「わぁは……力が全ての世界で生きていたからなっ!」

「はははっ! この世界は確かにそうだな。力があれば解決出来ることは多い。ただ……」

 スッとアダチの表情が消える。

「ただ?」

「……力で救えるとは限らない」

 遠くのテーブルでバッタ人間が手を上げた。アダチは面倒臭そうな顔を作り、其方へと歩いていく。

「ルーメン、解けた!」

 自信満々のニコが俺に紙を見せる。

「……」

「あってるか?」

「残念。間違っている」

「えええっ! なんでだ!」

 足し算を間違えて取り乱すニコの様子を見て、バッタ人間達が笑い出した。一様に口に手を当てて複眼を輝かせている。

「笑うな!」

 と言っても聞くバッタ人間ではない。笑いが次々に連鎖し、フロア全体で声が上がる。

「静かにせんかぁぁぁぁぁー!!」

 ──ピシャリ。と笑い声がやんだ。アダチは遠くで頭をかいている。

「なぁ、ルーメン。これが学校なのか?」

「あぁ。今のは学校っぽかったぞ」

「……うーん」

 納得のいかない様子のニコだが、俺は確かにかつての日本の学校の雰囲気を味わっていた。