ニコに手を引かれて十五分。かつて、若者で賑わっていた渋谷の街はただただ瓦礫の山だ。

「あれ!」

 暗闇の中、松明の光がゆらゆらと揺れながら列をなしている。

 オーガ討伐隊が明治通りを下り、渋谷駅跡に向かって進んでいるのだ。

「ルーメン。あいつら、車と一緒だ」

 夜目も効き、目が異常によいニコが驚いたように言った。

「どんな車だ?」

「でっかくて、長い。なんかイモムシみたい!」

 ……イモムシみたいな車。なんのことだ? まさか、タンクローリー?

「縄をつけてみんなで引っ張ってる。何してるんだ? あいつら」

 ……タンクローリーを爆発させるつもりか? オーガのいるビルに突っ込んで……。

「ニコ、あの一番高いビルにオーガ達はいるんだよな?」

 お前の父親も……。

「そーだぞ! オーガは高いところが好きだからな!」

 大江山の酒呑童子を気取ってか? もう竣工して百年近い高層ビルだ。ボロボロになっていてもおかしくない。近くで爆発なんてあったら……。

「ニコ、仮面をつけた女はいるか?」

「うーん? 見当たらない……。あっ! 車がビルにぶつかる!!」

 にわかに松明の灯りが乱れ、蜘蛛の子を散らすようにビルから遠ざかって行く。そして──。

「あそこ!」

 ニコが指差した先、宮益坂交差点に青白く輝く巨大な火の玉が出現した。カオルの能力か? それは人魂のようにゆらゆらと揺れながら宙を漂い、ビルへと近づく。そしてタンクローリーを照らす。

 ──最初は控えめな音がした。

 その後、大気が破裂し、熱風が明治通りを抜けた。

 月の光に照らされたビルはゆらゆらと揺れ始める。

 それは次第に大きくなり、自壊が始まった。

 地面がぶれる。

 炎が粉塵を飲み込んで舞い上がり、ビルが……ゆっくりと沈む。

「ルーメン! ビルが!!」

「……あぁ」

「行かなきゃ!」

「待て!」

 ニコが急に走り始めた。

「止まれ! 巻き込まれるぞ!」

 ニコはこちらを振り返りもせず、ぐいぐい加速していく。必死に追い掛けるが、離される。バフは効いているのに……。


「あらっ? ルーメンじゃない?」

 ビルまであと百メートルというところで、女の声とともに青白い炎が走り、俺の行手を阻んだ。

 月光が照らすのはラバースーツの男女。女はアクションカメラを崩れ落ちるビルに向けている。

「今、急いでるんだが?」

「あら、あの女の子に用かしら……? マサオッ!」

「はいっ!」

 マサオの身体が青い光につつまれる。

 ──ヒュン。

 馬鹿な。消えた……?

「きゃあああ!」

「ニコッ!」

 ビルの炎がニコとマサオを照らす。不意をつかれたニコがゆっくりと崩れ落ちた。

「テメェ!!」

 ──ヒュン。

 渾身の拳が空を切る。ニコの姿もない。

 振り返ると、マサオがニコを肩に担いで笑っていた。こいつ、高速移動の能力者なのか?


 ──ヴォォオオオオオオオオオオー!!

 突然、咆哮がビルの炎の中から上がった。その場の全員が何事かと息を呑む。

 炎を割ってビルの残骸から現れたのは、一際体の大きなオーガだった。額の角は長く天を突き、怒りに満ちた赤い眼が強く光る。

「くるわよっ!」

 カオルの声と共に巨大なオーガの姿が消えた。そして、次に現れたのは──。

「マサオッ!」

「──なっ」

 それがマサオの最後の言葉だった。軽く振るわれたオーガの右手が呆気なくマサオの首をはねた。頭部はくるくると回転しながら宙を舞い、落下と同時に身体も倒れ、ニコが地面に投げ出された。

「貴様ラ、許サンゾオオオオ!!」

 俺はポケットからハリガネムシを取り出し、それを噛み締めながら覚悟を決めた。