痛い。腹が痛い。
ルーメンに煽られて口にしたハイオークのロース。それは人生で最高の肉だった。
分厚いロースを噛み締めると、甘い脂が口の中に広がり、濃厚な旨味が脳を刺激した。
……これが魔物、ハイオークの肉。禁忌に手を出した背徳感が更に俺を震わせた。
一切れだけと誓った筈なのに、箸は勝手に動いてハイオークの肉を口に運ぶ。……気が付いた時にはたらふく食べてしまっていた。
そして、今はトイレに篭っている。これが魔素食中毒か。想像以上に辛い。もう出すものはない筈なのに、俺は便器から立つことが出来ないでいた。
「一条院さん! いつまで篭ってるんですか!!」
扉の向こうから威勢のいい声がした。これは漁業チームのリーダーだ。
しまった。そろそろ定置網の網起こしの時間だ。俺が沖へ出て能力を使って引き上げれば一瞬で終わる。逆に俺が行かないと十人以上で行う重労働だ。
──ギュルギュルギュル。
「すまん。ちょっと手が離せない」
「えええー! 勘弁してくださいよー! 一条院さんがいないと本当に大変なんですよ!?」
「……そうだ。ルーメンに頼んでくれ。奴は俺以上の馬鹿力だ。いい絵が撮れると言えば、喜んで来る筈だ」
「その手があったか! 分かりました! ちょっと虫のニーチャンに頼んでみます」
──ギュルギュルギュル。
シンとしたトイレに腹の音が響く。辛い。俺はいつになったらここから出られるのだろうか?
#
「あれ、一条院さん? 随分と痩せましたね。別人のようですよ」
やっと回復して早朝の集落を歩いていると、皆が皆、俺を見て痩せたと言う。
「三日、食中毒が続いたからな。やつれたんだ」
「そんなに……」
漁業チームのリーダーは顔を青くする。
「ルーメンは大丈夫だったか?」
「めちゃくちゃ助かりましたよ! 虫食べるけど、頼りになりますね! ルーメンさん」
くるっと顔が喜色満面になった。
「それはよかった。ちょっと心配だったのだが、特に変なことはしなかったようだな」
「……いえ、魔物化したゴカイを焼いて食べてました。流石に引きましたね」
「……信じられん」
頭がクラクラする。
「これは強烈な絵が撮れたって喜んでましたよ」
「奴らしいな。他に何かなかったか?」
「うーん。そうですね。東京の他の集落について聞かれたぐらいですね」
「……そうか」
俺の顔を見て不思議そうにした後、男は仕事に出て行った。今日は刺し網を引き上げる日だ。最近は大漁が続いているから足取りは軽そうだ。
一方の俺は胸におもりを入れられた気分だ。
「ルーメン。行ってしまうのか……」
よろよろと食堂に辿り着き、ぼんやりとカレーを受け取った。いつもと同じカレーの筈だが、味気ない。
俺は勝手にルーメンはこの集落に居着くものだと思っていた。ハイオークを討伐してくれたのは、この集落のことを思ってだと……。
俺と同じ視点でこの集落を見れる仲間が現れたと、そんな期待もあったのかもしれない。しかし、こんなことを言うとルーメンは「俺は配信者だぞ! 冒険の旅に出る!!」と笑い飛ばすだろう。
「一度だけ、頼んでみるか……」
望みは薄いと分かっているが、集落の為でもある。時間をかけてカレーを食べ終えた後、俺は重い足取りでルーメンの部屋へと向かうのだった。
ルーメンに煽られて口にしたハイオークのロース。それは人生で最高の肉だった。
分厚いロースを噛み締めると、甘い脂が口の中に広がり、濃厚な旨味が脳を刺激した。
……これが魔物、ハイオークの肉。禁忌に手を出した背徳感が更に俺を震わせた。
一切れだけと誓った筈なのに、箸は勝手に動いてハイオークの肉を口に運ぶ。……気が付いた時にはたらふく食べてしまっていた。
そして、今はトイレに篭っている。これが魔素食中毒か。想像以上に辛い。もう出すものはない筈なのに、俺は便器から立つことが出来ないでいた。
「一条院さん! いつまで篭ってるんですか!!」
扉の向こうから威勢のいい声がした。これは漁業チームのリーダーだ。
しまった。そろそろ定置網の網起こしの時間だ。俺が沖へ出て能力を使って引き上げれば一瞬で終わる。逆に俺が行かないと十人以上で行う重労働だ。
──ギュルギュルギュル。
「すまん。ちょっと手が離せない」
「えええー! 勘弁してくださいよー! 一条院さんがいないと本当に大変なんですよ!?」
「……そうだ。ルーメンに頼んでくれ。奴は俺以上の馬鹿力だ。いい絵が撮れると言えば、喜んで来る筈だ」
「その手があったか! 分かりました! ちょっと虫のニーチャンに頼んでみます」
──ギュルギュルギュル。
シンとしたトイレに腹の音が響く。辛い。俺はいつになったらここから出られるのだろうか?
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「あれ、一条院さん? 随分と痩せましたね。別人のようですよ」
やっと回復して早朝の集落を歩いていると、皆が皆、俺を見て痩せたと言う。
「三日、食中毒が続いたからな。やつれたんだ」
「そんなに……」
漁業チームのリーダーは顔を青くする。
「ルーメンは大丈夫だったか?」
「めちゃくちゃ助かりましたよ! 虫食べるけど、頼りになりますね! ルーメンさん」
くるっと顔が喜色満面になった。
「それはよかった。ちょっと心配だったのだが、特に変なことはしなかったようだな」
「……いえ、魔物化したゴカイを焼いて食べてました。流石に引きましたね」
「……信じられん」
頭がクラクラする。
「これは強烈な絵が撮れたって喜んでましたよ」
「奴らしいな。他に何かなかったか?」
「うーん。そうですね。東京の他の集落について聞かれたぐらいですね」
「……そうか」
俺の顔を見て不思議そうにした後、男は仕事に出て行った。今日は刺し網を引き上げる日だ。最近は大漁が続いているから足取りは軽そうだ。
一方の俺は胸におもりを入れられた気分だ。
「ルーメン。行ってしまうのか……」
よろよろと食堂に辿り着き、ぼんやりとカレーを受け取った。いつもと同じカレーの筈だが、味気ない。
俺は勝手にルーメンはこの集落に居着くものだと思っていた。ハイオークを討伐してくれたのは、この集落のことを思ってだと……。
俺と同じ視点でこの集落を見れる仲間が現れたと、そんな期待もあったのかもしれない。しかし、こんなことを言うとルーメンは「俺は配信者だぞ! 冒険の旅に出る!!」と笑い飛ばすだろう。
「一度だけ、頼んでみるか……」
望みは薄いと分かっているが、集落の為でもある。時間をかけてカレーを食べ終えた後、俺は重い足取りでルーメンの部屋へと向かうのだった。