「オラッ!!」

 距離は五十メートルぐらいだろうか。下田中学校の校門に向けて岩を投げると、一直線に飛んで行く。フナムシのバフは強力だ。

 ──ドシャッ! と岩に潰されたのは門衛をしていたオークだ。無人島で培った投擲スキルが見事にハマった。

「よし! 一気に乗り込むぞ!!」

 イエス、ボス!! とルーメンオーク隊がハモり、正門へと駆けて行く。そして横にずらした門の間から流れるように侵入した。

「狙いは校長室にいるハイオークだ! 一気に行くぞ!」

 イエス、ボス!! と声が響くと、校舎の中から敵のオークが十体ほど慌てて飛び出してきた。

「貴様ラ、何デ人間トイル! 裏切ッタノカ!?」

 先頭のオークが棍棒を構えながら怒鳴る。その顔には戸惑いの表情が浮かんでいる。

「違うな! 俺が洗脳したんだ!! さぁ、ルーメンオーク隊、やれ!!」

 イエス、ボス!! と叫びながらオーク隊は正面から突っ込んで行く。呆気に取られていた敵のオーク達も吹っ切れたように棍棒を振るう。

 オークとオークが入り混じり、鈍い打撃音が静謐な朝に熱気を加えた。しかし……互角。このままでは応援を呼ばれてお終いだ。早速だが、やるしかない──。

「うおおおおおー! リミッター解除リリース!!」

 ルーメンオーク隊の体がうっすら青く光る。それと同時に敵のオーク達が悲鳴を上げた。硬く握られた拳が棍棒を粉々に粉砕し、そのまま殴りつけると相手の首はあらぬ方向に向いた。

 瞬殺──。

 十体のオークが地面に転がされている。

 リミッターを解除されたルーメンオーク隊の膂力は凄まじい。普段は体を守るためにセーブしている力を、洗脳によって百パーセント引き出す。これがハリガネムシのバフの恐ろしさだ。

 コメント:ルーメンのオーク強えええー!!
 コメント:火力が違い過ぎる!!
 コメント:本当に同じオークなのか!?
 コメント:てか、ルーメンも戦えよ!
 コメント:俺、この中学校の出身なんだよなぁ……
 コメント:えっ、マジかよ

「校長室は二階だ! 今の騒ぎで敵のオーク達が出て来るぞ! 急げ!!」

 イエス、ボス!! はさらに大きく校庭に響く。リミッター解除で声までデカくなってやがる。

 ルーメンオーク隊はドアを蹴破り、校舎に闖入していく。俺は、ゆっくりと後に続く。

「ココデ止メロ!!」

 槍を持った四体のオークが横一例に並んで行手を阻む。それは幾重にも重なって、向こう側が見えなくなった。

「突撃ダァァー!!」

 敵オークの反撃。ルーメンオーク隊、先頭の二体が槍で串刺しになって動きが止まる。

 ……まずいな。ここは一発、大技が必要だ。

 俺はベストからミイデラゴミムシの乾物を取り出し勢いよく噛み砕く。

 キタ。キタキタキタキターッ!!

「お前達、伏せろ!!」

 イエス、ボス!! と言い終わる前に俺は口から毒ガスを吐き出し、ファイアスターターで着火。

 ──ドバンッ!! と校舎の窓ガラスが内から外に吹き飛んだ。そして正面には顔の炭化したオークが並んでいる。

「今だ!! 突っ込めぇぇえええ!!」

 イエエエェェェス! ボォォース!! と叫びながら、スクラムを組んだルーメンオーク隊が体を低くして弾丸のように飛び出していく。

 怒声、咆哮、呻き声。

 それが敵から発せられたものなのか、味方のものなのかも分からない。ただ、オークとオークがぶつかりあい、一体、また一体と倒れていく。

 そして僅かだが道が見えた。悪いな。俺は行く──。

 ダンッ!! と踏み込むとリノリウムの床が弾け、俺の身体を前へと押し出す。一瞬で階段の前まで来た俺は、一気に踊り場まで跳ぶ。そして、もう一歩。もう、そこは二階だ。

 職員室の横に見える重厚な扉。ここが校長室……。

 ──ドゴオオォン!! と扉が吹き飛び、粉塵の中からハンマーが飛び出してきた。かろうじて躱すが、今度は太い腕が伸びてくる。

 ガチンッ!! と音が響き、敵の拳が止まった。粉塵が止み、その姿が露わになる。

 そこにいたのは拳に拳をぶつけられ、痛みで顔を歪めるハイオーク。

「残念だったな! 俺の拳はダイアモンドばりにかてーんだよ」

「チッ、人間風情ガァ!」

 ハイオークは踏込みながらハンマーを横薙ぎにする。バックステップで躱すが、すぐに次が来る。総金属の重厚なハンマーがまるで小枝のようだ。風を斬る音の向こうで、一つしかない目が血を欲してギラついている。

 どうする? リーチでは相手に分がある。ミイデラゴミムシはもうない。フナムシのバフだけでは足りない。俺の持てるもの全てを。……そうだ!!

「ウオオオオオオー! セルフ・リミッター解除リリース!!」

 自分の身体が青い光に包まれたのが分かった。今なら……やれる。

 ──ダンッ! ──斬ッ!!

 踏込みと共にサバイバルナイフを抜き、ハイオークの脇をすり抜ける。

 静寂。

 振り返ると、脇腹を押さえるハイオーク。

「どうした? 豚野郎。人間風情にやられるのか?」

 ハイオークは向き直る。目が紅く燃え上がっていた。

「死ネエエエエ!!」

 飛び掛かってくるハイオークはハンマーを両手で持ち、大上段に構えている。その様子は、ひどくゆっくり見えた。……やれる。

 ──斬ッ!!

 ハイオークの脇腹の傷はさらに深くなる。もはや立っているのもやっとのようで、ハンマーで体を支えている。

「マ、待ッテクレ、降参スル! 俺達ハ、オ前ノ配下ニナル!!」

 カハッ。

 ハイオークの口から胃液が漏れた。俺の拳が腹に突き刺さっているからだ。

「残念だったな。お前を生かしてはおけない」

 拳をさらに深く押し込む。

「ゲハッ……何故ダ」

「決まってるだろ! 倒したハイオークを食べてみました!! 配信をやるからだ!!」

 訳が分からない。そんな顔のまま、ハイオークは一つしかない目を閉じ、廊下に倒れた。

 遠巻きに俺達の闘いを見ていたオーク達が慌てて逃げていく。

 コメント:ウオオオオオオー!! 勝ったー!!
 コメント:ルーメン、すげええぇぇぇ!!
 コメント:ルーメンさん、かっけえええー!!
 コメント:熱い闘いだった!!
 コメント:痺れたぜ!! ルーメン!!
 コメント:ねぇ、まさか食べないよね……?

 ふふふ。俺はルーメンだぞ! あらゆるゲテモノに、手を出す男だ!! 

 それからしばらくの間、コメント欄の流れが止まることはなかった。