「時は来た!」

 そう言って壁に書いた「時は来た!」を指し示す。きっとこれだけで俺の視聴者は察してくれる筈だ。俺が今から、あのスズメバチの巣を襲撃するということを。

 コメント欄は「それだけだ」で埋め尽くされる。こいつら、よく調教されてやがる。

 気の早い視聴者がもう投げ銭を始めた。こっちの世界の俺には一円も入って来ないが、それでも気分はいいものだ。これも、バフの一種かもしれない。

 カメラをネックマウントに装着し、スマホをポケットに仕舞う。

 ここからはノンストップだ。お前等、ついて来れるか? そう独りごち、乾燥デカムシを食べる。これは海水につけたデカムシの身を天日干しにしたものだ。バフ効果は変わらず、携帯性に優れている。俺のベストのポケットは乾燥デカムシでいっぱいだ。

 そしてタモ網の中には同じく乾燥させた昆虫が二種類。これも強力なバフを俺に授けてくれる。今回の戦いの行方はこいつ等にかかっている……。

 一歩、また一歩拠点から離れ、森へと入っていく。

 身体に力が漲る。デカムシのバフが効いてきた。俺が駆け出すと、森の生き物が俺を避けるように身を潜める。

 ここ数日、この辺りで俺は完全に捕食者だったからな……。新たに築かれた生態系のピラミッドの頂きにはルーメンの名前が刻まれていた。残すは、ハチノコだけだ。


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 森を抜けると、長く続く海岸線へと出た。ここを進むと、俺が最初に目覚めた場所がある。先ずはそこを目指す。

 ベストから乾燥デカムシを出して噛み締める。濃縮された旨味が身体に沁み渡った。もう少しすれば、デカムシのバフが三重状態になる。

 身体は軽く、飛ぶように進んでいく。最初は上手く扱えなかったが、今は完璧に制御できる。俺は、強くなった。


 最初にデカムシを焼いて食べたところは、かまど等、俺が居た時のままになっていた。随分と懐かしい気がする。

「さて、始めようか!」

 俺は大きな岩をいくつも並べ、それをカメラに映した。視聴者も俺が何をするか察しただろう。

「オラッ!」

 岩を持ち上げ、助走をつけて投げると、それは直線で飛んでいき、スズメバチの巣が落ちているだろうところに着弾した。そして、それは連続する──。

「クソ!」

「人間様をなめるなよっ!」

「昆虫に生まれたことを呪いやがれ!!」

 着弾地点に激しい土埃があがる。そして、遠くに黒いモヤが見え始めた。よし、そろそろ来るか。

 俺はタモ網の中から乾燥したカブトムシの下っ腹を取り出し、バリバリと噛み砕いた。カブトムシのバフ効果が現れるまで後、10分。その頃にはここにスズメバチの大群が飛来しているだろう。

 目を閉じて耳を澄ますと、不愉快な羽音が聞こえてくる……。それと同時に、俺の身体の表面に膜のようなものが形成され始めた。目に見えるものではないが、それは徐々に硬くなり、鎧と化す。

 アーマード・ルーメン。

 サバイバルナイフを右手に構え、俺は突撃する。正面には群れを率いる紅い目をしたスズメバチが──。

「死ね!!」

 ──ザンッ! と刃が弧を描き、スズメバチの頭と胴がセパレートした。次々とハチはやってくるが全て一撃で仕留める。

 だが、数が数だ。俺の身体にはスズメバチが集り始めた。羽音が幾重にも重なり、見渡す限り、ハチ、ハチ、ハチ。容赦なく毒針が刺される。しかし──。

「効かねえだわ!」

 アーマード・ルーメンを舐めるなよ! ご自慢の毒針は俺に届くことはない。だが、カブトムシのバフの継続時間は酷く短い。せいぜい、七、八分だ。

 更にスズメバチが集まってきた。百や二百ではない。五百、下手すると千匹以上いるかもしれない。視聴者はこの光景にどのようなリアクションを取っているだろうか?

「そろそろ最後の仕上げだ!!」

 俺はタモ網から最後の昆虫を取り出し、豪快に頭から噛み砕いた。それはミイデラゴミムシにひどく似ていた。

 ミイデラゴミムシとは、コウチュウ目・オサムシ上科・ホソクビゴミムシ科の昆虫である。派手な体色をしたゴミムシ類の昆虫で、俗に言うヘッピリムシの代表的なものである。

 外敵からの攻撃を受けると、過酸化水素とヒドロキノンの反応によって生成した、主として水蒸気とベンゾキノンから成る非常に高温の気体を爆発的に噴出──。

「ウオオオオオオおおおおおおー!!」

 ファイアスターターで火花を散らしたところに口から毒ガスをばら撒くと、爆発の連鎖が始まった。近くのスズメバチから爆散し、それはあらゆるものを巻き込むように広がっていく。

 阿鼻叫喚の地獄絵。瞬く間に一面、スズメバチの死骸が撒き散らされた。かろうじて動くものもいるが、電池の切れかけたおもちゃのようにぎこちない。

「愚かにも俺に楯突いた目障りな羽虫どもに、どうか安らかな死を与えたまえ。ところで、昆虫に宗教はあるのかね? アーメン」

 さて、いよいよ蜂の巣だ。