依田(よだ)くんだ。
 二年生のバスケ部エースで、陽之木くんがよく可愛がっていた子だ。
 依田くんが私の方に視線を滑らせた。
 その吊り上がった三白眼に捉えられて、反射的に肌が粟立つ。 蛇に睨まれた蛙みたいに表情を硬くする私を、依田くんは無表情のまま見続けている。
 どうしたらいいかわからなくて目を逸らそうとしたとき、依田くんが私に向かって軽く会釈をした。
 それはもう依田くんの横を通り過ぎようというところだったので反応が遅れて、結局何も返すことができずに私は素通りした。
 私はとても驚いていた。 依田くんに嫌われていると思っていたからだ。
 依田くんとは、過去に何度か陽之木くんと話す時に会ったことがある。
 いつも目を合わすことなく逃げるようにどこかへ行ってしまい、避けられていることが手に取るようにわかった。 陽之木くんといる時は、嬉しそうに可愛らしい笑顔を見せているのに、私にそれが向けられたことは一度もない。
 勿論ショックだったけど、陽之木くんの人気具合と、見た目も中身もつまらない自分とを比べてみれば当然の反応だと思った。
 身の程をわきまえろ、と言われているのだと思った。
 だから余計に驚いた。 目を見て、会釈をしてくれるなんて。 どういう心境の変化だろう。
 ……まあ、どうでもいいか。 もう会うこともないだろうから。
 卒業証書授与が始まって、順番に名前が呼ばれていく。 私の名前はまだまだ呼ばれないので、余計なことを考えないように、俯いて垂れた髪の毛で顔を隠しながら、こないだ見た推理ドラマの次の展開を妄想してやり過ごすことにした。

「陽之木(しょう)

 体育館に響き渡ったその名前に、探偵が一瞬で吹き飛ばされた。