「……」
 
 そしてそこには、私がいるだけだった。

 頭上には高く青い三月の空。
 管楽器の突き抜けるような音も、運動部の息の揃った掛け声も、そこに吹き抜ける風でさえ残酷なまでに全てが穏やかで。
 ただひたすら、虚しさだけが私を覆いつくしていた。
 私は、動画アプリを閉じた。
 そして陽之木くんから送られてきたメッセージを開いて返信ボタンを押す。
 私の指の、トツトツと画面に当たる音がやけに耳につく。
 途中、頭上のずっと高いところを通ったカラスの影が足元をわずかに掠めた。
 遠くで誰かと誰かがはしゃぐ声がした。
 世界中が、私を一人にしようとしてる気がした。
 それに抗うように指を動かす。

 【私も好きです】

「……」

 私は送信ボタンを押した。

 すぐそこの桜の木に小鳥がとまって、すぐに飛び立っていった。
 虚ろな目の私を反射させるスマートフォンは、死んだように静かだ。

 私は再びメール作成画面を開いて、文字を起こす。

 【シュート、かっこよかった】
 送信。

 【でも盗撮はよくない】
 送信。

 【陽之木くん】

「……」

 削除。

 【翔】

「……」

 【翔く】

 削除。

「……っ」

 息がしづらくなるのを誤魔化すように、指を動かす。

 【陽之木くん】
 送信。

 【疲れた。泣きたい。】
 送信。

 【陽之木くん】
 送信。

 トツトツと両手の親指で硬い画面上を叩きながら喉の奥が熱く、苦しくなって

 【陽之木くん、】

 それが目の奥にうつって、目の際からボタボタ、ボタボタとだらしなく垂れ始めてしまう。

 
 【会いたいよ】

 
「っ、」

 送信ボタンを押す前に、手が震えてスマートフォンが持てなくなった。