後日、僕はひっそりと塾に行った。
 卒業したばかりだったし、こんなこと、教えて貰えるかもわからなかったが、僕と彼女の繋がりは、もはやここしかなかった。
 縋るように先生に彼女のことを尋ねると、重い顔つきで別室に案内され、言われたのだ。
 私立高校の受験当日、参考書を読みながら横断歩道を渡っていた稔莉目掛けて、信号無視の車が突っ込んできて、即死だったと。
 ご両親も気が動転してしまい、実際に連絡があったのは、割と最近の出来事らしい。
 周りも受験生ということもあって、せめて皆の受験が終わるまでは生徒には打ち明けないようにと、稔莉のご両親から、塾や中学校にお願いがあったそう。
 稔莉はいつも周りの人のことを思って過ごしていた。そんな姿を、ご両親はずっと側で見ていたからこそ、彼女の死によって、大切な人たちの人生を狂わせることは、稔莉も望んでいないと判断してのことだったらしい。
 その話を聞き、僕はまた涙を流してしまった。それにつられて、先生も目を抑える。
 何とか連絡先やお墓の場所などを教えて欲しいと頼み込んだが、さすがにそれは個人情報なので伝えることは不可能だと断られた。
 粘って聞いてやろうかとも思ったが、止めておいた。真実を知ることができただけでも十分だ。
 僕は先生に深々とお礼を伝え、いつもの駐輪場へと向かう。当然、そこに彼女の姿はなかった。
 狭い駐輪場に、暖かい春の風が吹く。
『いつでも側にいるから』
 耳元で囁かれた気がした。
 きっと、まだこの先しばらくは、稔莉のことを忘れることはできないだろう。
 それでも、僕はあの日、稔莉に思いを伝えることができた。一歩前に進むことができた。
 次、誰に恋をするかはわからない。一生稔莉だけを思い続けるのかもしれない。
 それでも、確実に僕は新たな道を歩み始めたと思う。

 終わるはずだった日に始まった、ある人との関係。
 ある人と出会ったことで、君とまた出会えた。
 始まりはやがて終わりを告げ、伸ばしても届かないところへと消えてしまう。
 それでもまた、新たに始まるのだろう。

 始まるから終わりがくる。
 そして、終わるから始まるんだ。


【完】