えー、拙者肉球丸。
 その後、未奈様のキッチンには野菜をコトコト煮込んだ優しい香りが漂っております。ギューっとお腹が減ってまいりました。
 拙者、鼻もお腹もござりませぬが分りまする。それが未奈様、そしてユキポンどのの気持ち。

「ユキポンどの、良かったでござりまするな」
「……にゃ」

 ユキポンどのは少し離れたところで、未奈様をずっと眺めておりました。多分、未奈様には、もうユキポンどのも、拙者も見えておりますまい。全ては夢の中。夢の夢の夢の中の出来事として片付いているはず。
 しかし、出来上がったミネストローネスープのお皿は2皿ござりました。
 一つの皿をそっと床に置いてくれます。

「一緒に食べよ」と未奈様。

 一人と1匹と一個で、暖かいスープを味わいました。
 生きているってこう言うことでござりまするか。生きてはおりませぬが、一緒に感じておりまする。

「ユキポンどの、このあとどうするでござるか?」
「……帰るにゃ」
「そうでござるな」

 雨が止み、木漏れ日のような柔らかい日差しが部屋の中にふんわり漂っております。
 そんな優しい日差しに包まれた未奈様をじっと見つめていたユキポンどの。

「ユキポンどの?」

 瞳から輝きが一粒、お皿に落ちました。

「ぼくも大丈夫にゃ。がんばるにゃ」
「どうしたでござるか?」
「ほんとの僕の居場所はここじゃないにゃ」
「そうでござるな。さ、それでは心の中に帰るとするでござるか」
「ちがうにゃ」
「え?」
「本当の場所に帰るにゃ」
「……それは」
「空に帰るにゃ」
「えっえええ!?」
「未奈ちゃんが猫になった時。このままでもいいにゃ。消えてもいいにゃ。いっそ、このまま一緒に…… って思ってしまったにゃ。ずっと一緒にって思ってしまったにゃ ……だけど、それじゃダメにゃ。未奈ちゃんのためにも。僕のためにも」
「……」
「分かったにゃ。別れが受け入れられず、逃げていたのは僕の方にゃ。だから僕はそらに帰る」
「一つお聞きしても宜しいかなユキポンどの」
「なんにゃ?」
「空に登るとどうなるでござる?」
「知らにゃい。僕じしんだって、どうなるのかは知らにゃい。でも…… 未奈ちゃんに何かあったら空の上からでも飛んでくるにゃ」
「あのー。大変聞きずらいのでござるが、拙者はどうなるでござる?」
「……」
「沈黙。……そうでござるよな。分からぬでござるよな」
「はずしていこうかにゃ?」
「いや、一緒に行くでござる」
「いいのかにゃ?」
「拙者、ユキポンの首輪『肉球丸』ですぞ。最後までユキポンどののお供をするでござる。それが拙者の役目」
「……一緒にいくにゃ」
「行くでござる」

 とうとう、その時が来たでござるか。