また、雨が激しく降り出した。
 何回目の大雨だろうか。
 どれぐらい雨の日が続いているだろうか。
 やまない雨に心が痛む。

 窓を激しく叩きつける雨音が、僕の心をも打ち付ける。
 僕は窓辺に座り、外をじっと見て考えていた。
 僕に何ができるだろうか? と。

「なに もの思いにふけってんだよ」ふいに首元で声がする。
「うるさいにゃ」

 窓に反射する自分の姿。
 白い毛並みに黄色い目。
 小さな白猫。
 これが僕の姿。
 倉辻未奈(くらつじみな)、彼女の思い出の中に住む僕の姿。

 未奈ちゃんが子供の頃、僕を拾い、白くて雪のようだからシロユキという名前をくれた。うん、わりとカッコいい。なのに、いつもユキポンって呼ぶんだ。せっかくシロユキってカッコいい名前つけてくれたのに……

 でも単純な未奈ちゃんらしいや。それに笑顔でユキポン、ユキポンって呼んでくれたし。ま、その呼び方も満更ではないかな。

 彼女に育てられ、ユキポン、いやシロユキとして12年生きた僕。
 ある夏の日の夕方。僕は未奈ちゃんに見守られながら天寿を全うした。燃える茜色の空に濃紺の帷がおりはじめた。ねっとりと生ぬるく重い空間が世界を包み、心の中に、この世とあの世が交じりあった。永遠の時を孕む一瞬。逢魔が時。

 天使は来なかった。だけど光の筋が僕を導き、そしてお母さんだろうか? 僕と同じような白猫がやって来て頬を撫でてくれた。お母さんの事なんて何も覚えてないけど、何だか懐かしい気がして優しい気持ちになって、このまま一緒に光に導かれ消えていいと思ったんだ。

 だけど、未奈ちゃんの涙がこぼれて、僕の心に落ちて来た。そして僕は彼女の心にしがみ付いた。

 「未奈ちゃん ……まだここにいたいよ。未奈ちゃんといたい。別れたくないよ」

 それから5年。僕は思い出にしがみついて未奈ちゃん心の奥に住んでいる。未奈ちゃんも大人になり色んな事があった。僕は、彼女の心の奥底で未奈ちゃんと同じように、喜び、楽しみ、怒り、悲しみ、いろんな感情を共に感じ、一緒に過ごしている。

 そして、ここ1ケ月。
 未奈ちゃんの中で悲しみの雨が降り続いていた。
 窓の外の雨脚は幾分弱くなったものの、暗く渦巻く雨雲が不安にさせる。

「行こう」僕は窓辺から飛びのいた。
「待てよユキポン。ここを出て行ったら、もう戻って来れなくなるかもしれないぜ」

 首筋、可愛い丸い星柄模様をあしらった首輪がチクリと痛む。

「どうせ何も考えてないんだろ? 図星だろ。だからお前はいつまでたってもユキポンなんだよ」
「にゃー、首輪のくせに。お前に言われたくないにゃ」
「にゃー、じゃねえよ。全く。この高貴な輝く星の首輪に対してなんて口の利き方だよ」

 首輪のどこに口があるのか分からなかったけど、未奈ちゃん手作りのこの首輪、いつからか勝手に喋り出すようになっていた。
 しかも偉そうに。
 しかも親父声。

「おい、分かってるのか? ユキポンは思い出にしがみついてんだ。その思い出を壊すと、もう戻れなくなるかもしれないんだぜ」
「それでもいいにゃ、僕に何かできるにゃら。ずっと、ずっと、ずっと考えてたにゃ。僕はなんでここにいるんにゃ。僕は何で…… ほんの少しでも未奈ちゃんのために何かしたいにゃ。僕だってやるんにゃ!」
「何か考えとかあるのかよ?」
「ウーーーーーーーー、にゃい!」
「はぁ?」
「それでもいくにゃ!」
「いや、待てよ。だから勝手に出て行ってイメージが壊れると消えるって言ってんだろ。消えるって、お前、消えるってことで。もう一回死ぬのと同じだぞ。」
「……ゥ〜」
「だからお前はユキポンだっての。な、よく考えろ。呼ばれるまでここにいろって。そのうちまた呼ばれるかもしれないだろ」
「うるさい、うるさい、うるさいにゃー。ぼくは行く!」
「消えたらどうすんだよ!」
「フーー、フーー、知らないにゃ」
「俺はどうすんだよ」
「消えるのは僕だけでいいにゃ」
「いや、ちょと待て。落ち着けユキポン。俺、首輪。ユキポンが消えたら、俺、動けない。っていうか首にハマってない首輪って何?」
「……知らにゃい。」
「いや、知らにゃいじゃないから。俺の命もかかってんだからな」
「……知らにゃい!」
「おーい」

 僕は行くよ!! 行かなきゃ。大好きな未奈ちゃんのために。

 窓の外は相変わらず暗い。
 立ち込めた黒い雲が時間の感覚を狂わせる。
 だけど分かる。もうすぐ逢魔が時。
 僕は行く。