「もうちょっとだけ我慢しようよ。宝来さんのおかげで大きな仕事がうちの事務所に舞い込んでるみたいだし。彼女の七光りを利用してやるくらいの気持ちで」
「ま、それしかないよね。今日もいい男でも捕まえて帰らないと! それくらいしか宝来さんと付き合うメリットないわ」
「そうそう。私ら有利な環境に生まれてないんだから賢く生きないと」

化粧室から漏れてくる言葉に、すみれは踵を返した。

 こんな時、すみれは自分が実体のない影になったような気がしてしまう。自分などどうでもよくて、皆後ろにいる父を見ているのだ。

 そんなことを虚しいと感じるのも、自分を認めてほしいと思う甘えがあるからなのだろう。

 こういう悪口は慣れている。しれっと自分の功績だと思うことはできなかった。結果を出しても父の威光のおかげだとうすうす自分でも感じている。だからこそ、こんなにも深く傷つくのだろう。