休日。暇潰しに公園に行った時の事。青年に話し掛けられたのが始まりだった。

「やあ。初めまして。(はじめ)君」
「あんた誰だ。何で俺の名前知ってるんだよ」

「死んでから君の事、ずっと見てたからね」
「は?」

 詳しい説明をするとね……青年は続ける。

「僕はもう何十年も前に死んでるんだ。だから、君をずっと見てた」
「ふーん、幽霊か」

 そう言って青年の隣に移動してしゃがみ込む。

「驚かないのかい?」
「俺にそんな気力が残ってないと知っての事かよ」
「そうだね。生きる価値を見失った社会人の君にはそんな気力残っていないね」

「厭味を言って楽しそうだな。で、分かってたならどうして訊いた」
「一応伝えておこうと思ってね」
「何をだ」
「僕はあと5分で成仏するんだ」

 幽霊には成仏が付き物。その日が丁度幽霊としての命日だったのだろう。

「悲しくないのか」
「別に。どちらかと言えば何も目的を持たずに生きる方が余っ程悲しそうだね」

 死んでる奴に言われると納得してしまいそうになるが、俺は騙されなかった。

「客観的に見たらだろ。俺は退屈なだけで悲しくはない」
「客観的に見られた時の雰囲気だって大事な君の要素だよ。人の判断基準は先ず見た感じからだよ」

 確かに、人を見る時は見た目から人格の大体を察する。
 印象とはそういう物だ。

「だが、お前を客観的に見たら先ず怖くて逃げ出すだろう。見た目を伸ばすのは間違いじゃないか」
「幽霊と人とを一緒くたにしないでくれるかな。そもそもこうやって見えるのは成仏するほんの数時間前からさ。見た目がどうとか、死んでからは滑稽に感じるよ」
「自由奔放だな。やりたいようにできるから今の俺には幽霊は気が楽そうだ」

 今の俺には、何もする事がない。ただ働き、寝て、働く。趣味もないし、親しい友人もいない。
 親も既に他界した。親戚は遠い場所にいる。
 幽霊も1つの手段だろうか。

「駄目だよ。幽霊になったからには何にも触れれないし大半は一人で過ごさないとだからね」
「俺はいつも一人だ。気にしないさ、そんな些細な事」
「ふーん。でも、僕には生きてる方がもっと色んな事ができると思うよ」
「どうして」
 俺は食い気味で訊いていた。

「だって、一人じゃできる事に限りがあるだろう。スポーツだって一人でやる物は少ないじゃないか」
「俺ならその少数を選ぶね。他人と関わるより自己完結が優先だ」

 そう言うと、青年は軽く笑う。何が可笑しいんだろうか。

「何か君長生きしそうだね。逆張り精神で健康的な食事してそう」
「……健康的なのは当たってるが、してそうって、家には入って来ないのか」
「幽霊にもモラルはあるさ。別に入ろうと思えば入れるんだけどね」
「いや、入らないままでいてくれ。プライバシーの侵害だ」
「家に入る時間は僕には残っていないけどね」

 そうか、残り5分だったな。家までここからだとタイムオーバーだ。

「そうか。時間はあとどれ位残ってるんだ」
「教えない。君には僕を特別に思って欲しくないからね」
「幽霊ってだけでかなり特別だと思うが」

「それよりももっと特別な人ができるって」
「……恋人か」
「君はまだ27だろう。人生長いから、きっといつかやって来るよ。君のその退屈そうな人生を変えてくれる素晴らしい人が」
「青年に人生長いと言われて、アドバイスを貰うとは、皮肉な話だな」

 青年は、何十年も前から1人で時を過ごしてきた。だが、俺の人生よりは満足した時間を過ごしていた事は青年の考え方から察せた。

「そうだね。僕は生きていたら今頃60歳辺りだろう。そんな年齢にでもなれば、君と同じような境遇に立っていたのかもしれないね」
「心は青年のままなんだな」
「成長させてくれる人がいなかったからだと思う。……ほら、人って、自分以外でも役に立つんだよ」
「それは人によるだろう。俺は一人でも成長できる。本を読めば心を進化させてくれるんだ」
「でも本って、人が書いた物だよね」

 論破された。未成年に論破されると気分の良い物ではないが、認めざるを得ない。

「あぁ、そうだな。やっぱりお前は正しいのかもしれない。困った時は、頼るのが一番なんだな」
「そう。人は群れ、仲間と共に生存の道を歩んできたから今がある。それを忘れないで欲しい」

 そうか、人は群れるのか。

「なら、俺はお前に頼りたい。今俺は何をするべきだ?」
「人生変えるなら、先ず転職してみたら? それも何も考えずに退職してから、ね。行き当たりばったりの方が、楽しいよ」
「相当な賭けだが、分かった。退屈な人生には刺激が必要だしな。……じゃあ、話変えていいか」
「いいけど、何を話すんだい?」
「お前の死因だ。死人にそれを聞かずして帰りたくはない」
「死因? 自殺だよ。しょうもないだろう」

「どうして自殺なんてしたんだ。しなかったら今も生きていられたじゃないか」
「しょうがなかった事だよ。だって、母さんと一緒に心中したからさ」
「……何があったんだよ」
「闇金からの多額の借金抱えたまま親父が亡くなってさ。それで、退屈な人生を送ってる一がどこか僕に似てた気がして、ずっと見てたんだ」

「は? それで俺に人生長いから大丈夫って言うのかよ。お前も必死に生きてそれだったんだろ。お前説得力あるのかないのかはっきりしろよ、なあ。肝心な所だけ言わないのってズルいじゃねえか。何で」

「何で、もう成仏しちまってんだよ」

 __俺は、何も考えず退職届を出す為に早歩きで会社に向かっていた。