夕陽が高校を包み込む。田舎にある高校で、あたりは山に囲まれている。私はグラウンドにただ一人立ち尽くしていた。
 森田優斗が、帰ってくる。
 優斗は私の幼馴染で、中学進学を境にどこか遠くへ引っ越してしまった。みんなから愛される人気者で、面白いことが大好きな男子だった。そして、私は彼に片想いしている。小学生の頃から、ずっと。
「…今も野球、続けてるかな」
私が野球部のマネジャーをしているのも、優斗のことが忘れられないからだ。ずっと、優斗に憧れている。バットを構えているときの真剣な表情を間近で見てきて、野球に関わっていたらいつかもう一度会えるんだと信じて。

 噂どおり、優斗は帰ってきた。私とは違うクラスだった。でも、野球部に入るらしい。田舎の公立高校は、小学生の頃からメンバーがほとんど変わらないから、優斗が帰ってくることをみんな楽しみにしていた。あっという間に優斗はクラスメイトに囲まれている。私が唯一優斗をそばで見られるのは、部活の時間だけ。
 優斗はみんなが帰っても、ずっと一人で練習している。中学の頃から、何にも変わっていなかった。懐かしさと寂しさが込み上げてくる。
 放課後。二人きりのグラウンド。ボールを片付けながら、勇気を出して話しかけてみる。
「…私のこと、覚えてる?」
 不安と少しの期待が混ざり合って、なぜだか涙が出そうになる。優斗は驚いたように振り返り、じっと見つめ、すぐに満面の笑みを浮かべた。
 そう、これだよ。私が好きな優斗の笑顔。
 忘れないと思っていても、時が経てば忘れてしまうんだ。
「もちろん。だって、ずっと一緒にいたもんね」
「…えっ」
 覚えて、くれてたんだ。
「…実は私、ずっと優斗が好きで」
 今言わなきゃ、もう言えない気がした。ずっと胸の中に隠したままだった想い。私なんてきっと優斗にはなんとも思われてないし、もっと可愛い子が好きなんだって考えて、自分が嫌になって。それでも諦めきれなくて、時間だけが過ぎていく。私だけ、小学生の頃から時が止まったままなんだ。
「僕も。ずっと明日香が好きだった。あの時は、なんていうか、恥ずかしくて言えなかった」
 頭を掻きながら照れたように笑う優斗を見て、なぜだか涙が出た。溢れたら止まらなくて、きっとずっと優斗がいなくて寂しかったんだ、そう実感する。
「やっと、言えた」
「僕もだよ。遅くなって、ごめん」
 ううん、大丈夫。私は救われたよ。いつも優斗の姿見て頑張れて、憧れの存在だったんだから。そんなことは、これから伝えていこうと思う。
 夕日がさらに西に傾き、空には美しいオレンジ色の光が広がっていた。それはまるで、私たちの時間がまた動き出したことを教えてくれているようだった。