この状況はなんなのだろう。
私は一人で帰るはずだったのに。
私は再びのっぽさんに抱えられ、引きずられていた。
「あのう」
確かにのっぽさんがきっかけで持田君に返事できたのは、ある。
でも。
「あのっ! さっき言ったように、私、一人で帰るつもりなんですけど!」
抱えられながら言っても説得力も何もないのだが、私はのっぽさんに抗議した。のっぽさんはそんな私をじいっと見つめ、ちょっと考えるように足を止めて、
「うん、言ってたね」
と頷いた。
が。
「あの!?」
のっぽさんは結局私を放してはくれなかった。
今日は高校生最後の日なのに。どうしてこんなことになっているんだろう。
私は現状を受け入れるのに苦労していた。
すれ違う生徒が私たちを見てくすくすと笑っているのが聞こえてくる。
春の青空は薄い雲のベールがかかったように淡い色をしている。私の頭の中は嵐のようなのに、なんてうららかなんだろう。
ため息ひとつ。諦めにも似た気持ちで視線を落とすと、私の目にのっぽさんの手が映った。細くて長い指だけれど、私の手と比べると凄く大きく力強い。男子の手だ。
あ、れ?
この手、なんだか見覚えがある気がする。
のっぽさんの横顔を盗み見る。短く切られた髪。静かな目。やっぱりこの顔を私はよく知っている、気がした。
「あのさ。もういいよ。わかった。一緒に帰る。それでいいでしょ? 自分で歩くから、離してくれない? さすがに恥ずかしいよ」
もうすぐ駅に着くという頃、私はかなりの妥協策をのっぽさんに提案した。
のっぽさんの黒目が一瞬揺れる。
「わかった」
のっぽさんは頷くとやっと私を放してくれた。
だが、背の高いのっぽさんと同じ歩調で歩くのは無理があった。しかも今日は下駄なのだ。
のっぽさんは時折止まって、私を待ってくれていた。
のっぽさんは悪い人じゃないと思う。
でもなんだか腑に落ちない。
一緒に帰ろうと言われたわけではないし、なんで私はのっぽさんと一緒に帰っているのかな。
悶々として下を向いて歩いていると。
「あ!」
人にぶつかり、私は慌てて体制を立て直そうとした。が。
「ちょっ」
こんなときほど自分の小さな背を呪うことはない。ちっさな私は、そのまま人の波に飲まれた。
のっぽさんの背中が離れていく。
「ま、待って!」
必死で声をかけるけど、のっぽさんは気づかない。
この時間、こんなに駅に人いたっけ?
みんなが話しているわけではないのになんで駅の中はこんなにうるさいんだろう。
ざわざわ。嫌な音。私の声を消してしまう。
「待って!」
せめて名前が分かれば呼べるのに!
私は唇をかんだ。