数回した練習どおりに卒業式は流れていった。まるで本番はまた数日後にあるような感じで、現実感がない。
ただ最後に校歌を歌うときは、みんなで歌うことももうないのだなと思うとちょっとうるっとした。ちょっとだけだ。茜に鼻をすする音が聞こえていたよって後で言われたけれど。
「皆さん、卒業おめでとう」
教室に戻って、担任から言われた私たちは、なんだか有頂天になって歓声をあげた。
友人たちと卒業アルバムに言葉を書きあって、写真をとって。部活の後輩から花束や寄せ書きももらった。
後になって思うにきっと寂しかったんだと思う。なんだかんだ言ってそれなりに楽しんだ高校生活が終わることが。だからみんな舞い上がったんだ。寂しさから気を逸らすように。
卒業。
慣れ親しんだ場所からそれぞれが新しい一歩を踏み出していくとき。変わるということには、大きな希望と共に不安と寂しさを覚えずにはいられない。
きっとたくさんの人が座ってときを過ごしただろう机が、なんだか急に古めかしく見えて悲しくなった。彫ってある誰かの名前を指でなぞる。これ、どうやって彫ったのかな。私が座る前に座っていたいつかの卒業生が、授業中こそこそと彫ったのかもしれない。そんな姿を想像すると急に切なくなった。
バイバイ。私の居場所。
私は教室を出るとき、ありがとうを言う代わりに深々とお辞儀をしたら、友人たちに笑われた。
「夕璃! 写真LINEで送るね! 私、行くけど、この後のこと、ちゃんとメッセで教えてね!」
茜は私の手を一度ぎゅうっと握ると、その手を上げて、金井君のところに走って行った。高校に残る金井君。高校を卒業する茜。帰り道、積もる話も多いことだろう。二人の後ろ姿を見送って、私はふぅっと息を吐いた。
今日はゆっくり帰ろう。
そう思って、廊下を歩き出した私の肩を後ろから誰かが叩いた。
「早瀬さん」
「あれ? 持田君?」
「よかった、まだいたんだね」
持田君はいつものように人のよさそうな笑顔を浮かべて言った。眼鏡の奥には優しい目。何度か図書委員をしたことのある持田君は、勝手の分らない私に親切に仕事内容を教えてくれた。あの後ろから手伝ってくれた手は持田君だったのかな。いや、でも、持田君の身長よりもっと高かったし、持田君だったらすぐ気がついたはずだ。
「どうしたの? 持田君」
「えっと、図書委員のときはお世話になりました」
「え? ううん、こちらこそ、いろいろ教えてもらって助けられました。ありがとう」
改めて言われるとなんだか照れくさい。
「いやいや」
持田君もなんだか恥ずかしそうに笑って、そしてなぜか黙ってしまった。急に訪れた沈黙に私は戸惑う。
「あの……?」
持田君の態度にどうしていいかわからず、私が困っていると、
「持田君!」
と後ろから女子の声がした。その女子がすれ違いざまにちらりと私を一瞥した。なんとなく敵意を感じてますます私は居心地が悪くなった。
「持田君、私と一緒に帰って欲しいんだけど……」
どこか困ったようにその女子の方を向いた持田君に、彼女が小さく言うのが聞こえた。
卒業式の帰りのお誘いだ!
わ、私、お邪魔虫なんだ! それで、あの視線!
鈍い私はやっと悟って、
「あの、持田君、私はこれで!」
と言ってその場を去ろうとした。
ただ最後に校歌を歌うときは、みんなで歌うことももうないのだなと思うとちょっとうるっとした。ちょっとだけだ。茜に鼻をすする音が聞こえていたよって後で言われたけれど。
「皆さん、卒業おめでとう」
教室に戻って、担任から言われた私たちは、なんだか有頂天になって歓声をあげた。
友人たちと卒業アルバムに言葉を書きあって、写真をとって。部活の後輩から花束や寄せ書きももらった。
後になって思うにきっと寂しかったんだと思う。なんだかんだ言ってそれなりに楽しんだ高校生活が終わることが。だからみんな舞い上がったんだ。寂しさから気を逸らすように。
卒業。
慣れ親しんだ場所からそれぞれが新しい一歩を踏み出していくとき。変わるということには、大きな希望と共に不安と寂しさを覚えずにはいられない。
きっとたくさんの人が座ってときを過ごしただろう机が、なんだか急に古めかしく見えて悲しくなった。彫ってある誰かの名前を指でなぞる。これ、どうやって彫ったのかな。私が座る前に座っていたいつかの卒業生が、授業中こそこそと彫ったのかもしれない。そんな姿を想像すると急に切なくなった。
バイバイ。私の居場所。
私は教室を出るとき、ありがとうを言う代わりに深々とお辞儀をしたら、友人たちに笑われた。
「夕璃! 写真LINEで送るね! 私、行くけど、この後のこと、ちゃんとメッセで教えてね!」
茜は私の手を一度ぎゅうっと握ると、その手を上げて、金井君のところに走って行った。高校に残る金井君。高校を卒業する茜。帰り道、積もる話も多いことだろう。二人の後ろ姿を見送って、私はふぅっと息を吐いた。
今日はゆっくり帰ろう。
そう思って、廊下を歩き出した私の肩を後ろから誰かが叩いた。
「早瀬さん」
「あれ? 持田君?」
「よかった、まだいたんだね」
持田君はいつものように人のよさそうな笑顔を浮かべて言った。眼鏡の奥には優しい目。何度か図書委員をしたことのある持田君は、勝手の分らない私に親切に仕事内容を教えてくれた。あの後ろから手伝ってくれた手は持田君だったのかな。いや、でも、持田君の身長よりもっと高かったし、持田君だったらすぐ気がついたはずだ。
「どうしたの? 持田君」
「えっと、図書委員のときはお世話になりました」
「え? ううん、こちらこそ、いろいろ教えてもらって助けられました。ありがとう」
改めて言われるとなんだか照れくさい。
「いやいや」
持田君もなんだか恥ずかしそうに笑って、そしてなぜか黙ってしまった。急に訪れた沈黙に私は戸惑う。
「あの……?」
持田君の態度にどうしていいかわからず、私が困っていると、
「持田君!」
と後ろから女子の声がした。その女子がすれ違いざまにちらりと私を一瞥した。なんとなく敵意を感じてますます私は居心地が悪くなった。
「持田君、私と一緒に帰って欲しいんだけど……」
どこか困ったようにその女子の方を向いた持田君に、彼女が小さく言うのが聞こえた。
卒業式の帰りのお誘いだ!
わ、私、お邪魔虫なんだ! それで、あの視線!
鈍い私はやっと悟って、
「あの、持田君、私はこれで!」
と言ってその場を去ろうとした。