――「ねえ、好きになるってどんな感じなの?」

 茜から好きな人ができたと告げられたとき、私は思わず訊ねた。

「そうだねえ。ずっと一緒にいたいと思う、かな」

 恥ずかしそうに言った茜。

「私、茜とずっと一緒にいたいよ?」

 言った私に茜は笑った。

「ありがとう。私も夕璃と一緒にいるの好きだよ。でも、それとはまた違った感覚なの」
「ふーん?」
「漫画とか小説にあるでしょ? ドキドキするんだよ」
「ドキドキ、ねえ……」

 そもそも漫画や小説のその表現が私には理解できなかった。

「心臓がドキンドキン言う感じかなあ」
「緊張したときそうなるよ?」

 茜は吹き出した。

「う、うん、そうだね。うん。似ているかもしれない。緊張もするんだよ。うん」
「一緒に居て緊張するなんて、全然楽しくないじゃん」
「それだけじゃないんだよ。安心もするし、胸がきゅーってなるときもある」
「緊張するのに安心するの? きゅーって何?」

 頭の中が疑問符だらけになった私に、茜は、

「そうだねえ……。
実際に好きになってみたらきっとわかると思うよ。好きにならないとわからないものかもしれないね」

 と笑って、私の頭をなでた。 
 人を好きになるってなんだか大変そう。漠然とそう思ったのを覚えている。


 茜に撫でられたのを思い出して自分の後頭部を触ろうとしていると、その手を優しく止める手があった。

「せっかく髪飾りつけてもらってるのに、触っちゃダメだよ」
「茜」
「もう! 夕璃ったら、勝手に一人で行っちゃうんだもん。気を遣わなくていいって言ってるのに」
「だって……」
「いい? 金井君も大切だけれど、夕璃も私にとって、すごく大切なんだよ?」

 茜は真面目な目で私を見つめて言った。

「ありがとう」

 なんだか耳がくすぐったかった。

「夕璃は誰と帰るのかなあ」

 くすりと笑った茜に、とたんに私はむうっと表情をしかめた。

「お母さんみたいなこと言うんだね」
「言われたの?」
「うん」
「大和君は違うんだよね?」
「って言ってるじゃん。大和はただの幼馴染! 茜まで言うの? 怒るよ?」

 工藤大和とは腐れ縁と言ってもいい。両親が仲が良く、小中高と同じ学校で、これまでもよく冷やかされることがあった。お互い迷惑している。大和と居ても茜の言うように「ドキドキ」や「きゅー」っとすることなんてありえない。大和だってそうだと思う。

「ごめんごめん!」
「私は好きな人いないもん」
「でも、夕璃を好きな人はいるかもしれないよ?」

 茜の優しい瞳に映る自分を見て、私は頭を振った。

「……いないよ。こんなちっさくて可愛くない私」

 私より何百倍も美人な茜。私はちっとも美人じゃないし、可愛くもない。

「夕璃は可愛いよ! だからちょっと心配でもあるけど」

 私は茜の言葉にぶんぶんと頭を横に振った。そしてちょっと考えて、

「心配?」

 と訊ねた。

「うん。心配。変な男の人についていったらダメだよ?」
「何それ?! 私、そこまで子供じゃないもん」
「子供じゃないって言っているうちは子供だよ? あ、予鈴。行こう」

 私たちはいつの間にか人気の疎らになった廊下を慌てて走った。