アキホの声を聞いて、邪帝は驚いている様子だった。
 「ほお、よく見抜けましたね。私が邪帝であることを。褒めて差し上げましょう。アキホさん。そして、ローリアさん。そんな貧弱な体ではもう私と応戦することも難しいでしょう。直ちに諦めたほうが身のためですぞ。今なら楽に殺めてあげましょう。うぉっほっほっほっ」
 邪帝は、不気味な笑いを再度始めて、剣に魔力を貯めだした。
 「もし、これから私に逆らうと言うのだったらこの男のようになりますぞ」
 そう言うと、邪帝は杖に貯めた魔力を地面に倒れている男の死体に当てた。
 すると、その死体は、赤色の液体となり、たちまちこぼれていたワインと同化した。
 「ひぇっ…」
 夏芽は、人が溶ける恐怖のあまりその場で動けなくなってしまった。
 「さあて、君たちはどの道を選ぶのかな?まあ、どの道君たちが死ぬことは確定しているんだがな。がはははは」
 アキホは、歯を食いしばって邪帝を睨んだ。
 それでも、アキホと夏芽は邪帝の誘いには動じなかった。
 「はっはっはっ。君たちは安楽死よりも地獄を選んだのですね。いいでしょう。私が相手になって差し上げましょう!」
 その瞬間、女性の姿をしている邪帝の衣がほろほろと剥がれていき、頭部が紫色のドクロで、黒い薄着を羽織った骸骨が、姿を現したのである。
 「こんにちは。アキホさん、ローリアさん。いえ、久しぶりですねの方が正しいでしょうか?まあ、そんなことはどうでもいいでしょう。今から君たちとはお別れのお時間です。ぐっとばいです」
 そうすると、邪帝はアキホのいる方向に向かって杖を振りかざした。
 その時、部屋の中に衝撃波が巻き起こり、その波動はアキホの体へと一直線に飛んできた。
 波動が飛んできた瞬間、アキホは自分の足を振り上げてその波動を打ち消した。
 それを見た邪帝は、口をあんぐりと開けて笑い出した。
 「ははははは。愉快愉快。お前みたいな自信に満ち溢れた無能が私は大好きなんだ。中途半端に調子に乗るような愚かな人はわしの大好物なのだ」
 「ねえ、なんとかここから逃げ出す方法は無いの?」
 夏芽は小さな声でアキホに尋ねた。
 「今のままだと、、、正直厳しい。なにか、なにか、アイテムか何か今の戦況を変えるものがなかったら、、、私たちは死ぬ。邪帝を舐めてはいけない。あなたは忘れているかもしれないが、あなたはこの骸骨にやられたんだ。それだけ邪帝は強敵なのよ」
 「そ、そんな……私も、今は力を使えない……ってことは、私たち、勝てないってことなの?」
 今にも泣き出しそうな夏芽に、アキホは首を縦に振った。
 「そんな、そんな、、、」
 遂に夏芽は泣き出してしまった。
 すると、その光景を見て、さらに邪帝は笑い出した。
 「はっはっはっ。いい気味いい気味。かつては自らが苦しめられていたローリアが、こんなに貧弱な体になって、私に勝てない、勝てないと泣いているのはとても滑稽なのだ。がはははは。これも全て、あのフリーニャのせいなのだ。お前をその貧弱な体にしてしまったのは、あの女のせいなのだ。恨むが良いぞ。ぐはははは」
 「違う!」
 夏芽は、邪帝に向かって泣き声で言った。
 「違う!フリーニャのミスなんかで私が弱くなったんじゃない!フリーニャのせいなんかにするもんか!!!」
 「ほお、仲間思いの奴だとは、、、まあいい、こんな面倒臭いやつは、一撃で殺して差し上げましょう!!!」
 そして、邪帝は杖を上に掲げて紫の波動砲を作り出した。
 先程、男の死体に当てられたものと同じものである。
 「くらえーーー!!!」
 邪帝は、杖を振り、その波動砲を夏芽に繰り出した。
 その波動砲は、とても速く、目で追いつけるような速度ではなかったが、奇跡的に外れて夏芽の目の前にあった剣を置いていた机の脚に命中した。
 目の前で机がトロトロと溶けていた。
 そして、前を遮るものがなくなったと思われたが、机の上にあった剣とレイピアが、床にカランという音を立てて落ちてきた。
 夏芽は、目の前にある落ちた剣を見た。
 すると、その剣の持ち手に何かが結ばれているのが見えた。
 一歩前に踏み出して見てみると、二枚の葉っぱと小さな手紙だった。