「おっはよお~~~~ママ~~、ふわぁ~ねむ~い、」
 有帆夏芽(ありほなつめ)は、お姫様ベッドから起き上がって、階段を降りて居間に向かった。
 そして、ボサボサのショートヘアの髪を掻きながら、扉を開けて中に入ると、母親からの怒号が聞こえた。
 「あんた、何時だと思ってるの??もう9時過ぎてるじゃない!毎日毎日おんなじことの繰り返しで、ほんと呆れるわ…」
 母親は、机の上を拭きながら大きなため息を付いた。
 「何で起こしてくれなかったの?そんなに怒るんだったら起こしてくれていいじゃん」 
 「自分で起きることもできない人なんて、駄目よ。いい、勉強はそこそこでもいいの。でも、日常生活を送っていく上で必要なことは、高校生までにしっかり身につけておくこと。こんなの小学生でもできるわよ。早くご飯食べて、学校行きなさい」
 「ちぇっ」
 夏芽は、舌打ちすると、着替えのために
洗面所に入った。
 そして、洗面台で顔を洗って、髪の毛をセットして、いつも愛用している星のヘアピンで髪の毛をまとめ、制服に着替えた。赤いリボンの付いたその制服は、入学当初は可愛いと言われていたものの、よれよれになって色褪せてしまっていた。
 着替え終わり、冷めてしまったしなしなの食パンを口に咥えて家を飛び出した。
 ほんのりとバターの風味が口の中に広がる。
 家を出る直前、家の中から「お行儀の悪いことをしないのー!」と食べながら学校に行く夏芽を叱る声がしたが、聞いていないふりをして、学校に向かって走り出した。
 走って向かう途中、夏芽は、前日に深夜の3時まで夜更かしをしていたので、とてつもない眠気が襲ってきた。
 目やにが眼球を覆い、ぼんやりとしか視界が見えない。 
 車などの大きなものは大体見えるが、自転車や、歩行者は近くにならないと気づかないレベルで目やにが酷かった。
 それでも、夏芽は食パンを全て口に放り込んで走り続けた。
 太陽が夏芽の視界をさらに遮る。
 大通りに出ると、多数の車がブーブーとクラクションを鳴らしながら道路を走行している。
 「あと、この大通りを渡ることさえできれば、学校に着くなぁ」 
 そう呟いて、目を擦って、視界が見えるようにした。
 しかし、手にバターの油がついていたので、結果的に目に油を塗りつけるだけになってしまった。
 「なんで、今日に限ってバターパンなのよぉ。油が目に入って見えなくなっちゃったじゃない!」
 そう独り言を言ったところで、ウェットティッシュの一枚もっていなかったので、夏芽は、ほとんど何も見えないまま大通りを渡ることにした。
 その大通りには、不運なことに信号機がついていない。
 しかも、いつもだったら、しっかり周りを見ながら渡ってあるのだが、深夜テンションが抜けておらず、まあいっか。のノリで渡る決意をしてしまった。
 なので、車が来ないタイミングを見計らって渡らないといけない。
 左、右、左、今だ!
 そうやって大通りに踏み出した。
 左右からは何も聞こえない。やったあ!
 と、思ったのもつかの間、前を向くと、大きなトラックがかなりのスピードを出しながら前進してきた。
 「あ」
 ドーン。キキキー。
 鈍い音がした。
 夏芽はトラックと正面衝突をしてしまったのである。
 ここで、夏芽の意識は途絶えた。



 「はっ!!!」
 夏芽はベッドの上で目覚めた。窓から注がれる光が眩しくて目は開けられなかったが、布団の中で、体をモゾモゾと動かしてみると、しっかりと動く。なんなら、体が軽い。
 「なんだ、夢だったんだ」
 そう思って、布団の中の自分の体を見ると、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
 太ももがむっちりしていて、いかにも淫乱お姉さんっていう感じになっていた。
 そして、胸が大きくなっていた。さっきまでBカップくらいだったのだが、Eカップ位になっていた。
 白いふかふかのタオルのような衣に身を包んでいた。
 いきなりエッチな体つきになっていた夏芽は、驚いて、おそるおそる布団の外を見た。
 シャンデリアが天井で揺れていて、カーペットが敷かれていて、なんとも、おとぎ話の世界のようだった。
 困惑していると、両開きのドアが、コンコンとなった。
 「入るわね、ローリア」
 (まずい、寝たフリをしなきゃ)
 夏芽は気づかれないように布団を体にかけて寝たふりをした。
 すると、外から体格の良い女性が入ってきた。 
 その女性は、白のベースで赤いラインの入った軍服のようなものを着ている女性で、その鍛えられた体は、とても美しかった。
 そして、ベッドに腰掛けて夏芽の頬に触った。
 「ローリア、あなたはもう起きないのよね。私が、私が、あそこでミスをしてしまったから、あなたは一生目覚めることのない体になってしまったこと、本当に許して…。あなたともっと一緒に戦いたかったのに、私のせいで、、、うっ、」
 夏芽は、寝たふりをしていたので、女性の顔まではしっかりとは見えなかったが、どうやら、泣いているようだった。
 ここで、夏芽は悟った。
 自分が異世界の何者かに転生していることが。
 たぶんローリアという人がすでに亡くなっていて、その体に魂が宿ったと。
 「ローリア、、、でも、君の体ももう触れなくなるんだよね。明日、あなたは火葬されてしまうんだから。」
 「なんだってえええ???」
 火葬という言葉に反応して夏芽は、ベッドから飛び出した。
 「ロ、ローリア……い、生きてたの?」
 女性は、透き通った青い瞳で夏芽を見た。カラーンカラーンと外で鐘が鳴った。