何故か〝待機〟を命じられた新人アルバイタークマちゃん。
 マスターに来客があったらしい。 
 期待の新人クマちゃんは一生懸命考える。

 来客ということは、飲み物を出したほうがいいのではないだろうか。 
 しかし、ここでクマちゃんが飲み物を入れるには流し台が高すぎる。
 あまり時間がかかるとお客さんが帰ってしまう。
 失敗は出来ない。

 今日からたくさん働いてルークの仕事を減らさなければ。
 そして休みがとれたら一緒にお出かけするのだ。

 急いでリュックから杖を取り出し、いつものように小さな黒い鼻にキュッと力を入れる。
 次の瞬間には、白いもこもこは部屋の中から消えていた。
 

 
 一人で実家に戻ってきたクマちゃん。
 見回すと、やはりクマちゃんの体にあった大きさの物ばかりで動きやすい。
 ここであれば簡単に飲み物が作れるだろう。

 このとき鏡が少し光っていたのだが、一点を見つめ続ける猫のようなクマちゃんは台所に夢中で気付かなかった。
 
 まずはクマちゃんに丁度いい大きさの台所の横にある、食材が入っていそうな箱を開ける。
 中はひんやりしていて色々と入っているようだ。
 白っぽい瓶の中身は飲み物だろうか?
 蓋を開けてふんふんすると、クマちゃんが大好きな飲み物の匂いがする。
 箱の横に置かれた棚に〝はじめてのりょうり〟という本もある。
 これで飲み物のことを調べよう。



「それはまさか、討伐しても数が減っていないということですか?」

 彼は教会から最近森で起こっている大型モンスターの急増と、それについてギルド側がどう対処しているか確認に来ていた。
 この男性は教会で司祭という立場の人間なのだが、色々雑な森の冒険者は司祭も司教も教皇も皆まとめて『教会のおっさん』または『教会のじいさん』と呼ぶ。
 ――因みに街には神殿もあるが、そちらは『入れないほうの教会』と呼ばれている。

 この世界の女神が白い姿であることから教会の人間は白を特に好み、また神聖なものとして、彼らは位階関係なく揃ってそれを基調とした衣装を身に付ける。
 女神は争いを嫌う。
 教会の人間にも一応序列はあるが、祭事以外でそれが意味を持つことはほとんどない。

 司祭の彼は立て襟の衣装で、首に長い帯のようなものを掛けている。
 服装も顔も非常に真面目そうな外見だ。

「ああ、毎日上げられる討伐報告は相当な数だ。それに今回事に当たっている討伐隊は、ウチにいる冒険者の中でもとりわけ優秀な奴らで編成されている。……だがそれでも何故か、数が減らない」

 マスターである彼も、連日遅くまで会議や書類仕事に追われている。
 睡眠不足のためか頭痛が治らない。
 いまギルドで行われているのは『討伐隊が大型モンスターを倒し街まで来ないようにする』というだけの対処法で、とても対策と呼べるものではない。
 原因が不明な為、調査にも進展がなかった。


 二人が深刻な表情で話していると、ノックの音と「失礼します」という女性職員の声が聞こえてきた。
 彼らは一瞬そちらに目を向け再び会話に戻ろうとするが、何故かやたらとカタカタと何かが揺れるような音が聞こえてくる。

 気になり一旦会話を止め、扉の方へ目をやった。

 
 白いもこもこがお盆の上に小さなマグカップを二つ載せて運んでいる。


 真剣な表情で黒いつぶらな瞳をキリッとさせ、とてもゆっくりこちらへ向かってくる。
 気になりすぎて会話どころではない。
 何故あのもこもこが運んでいるのか。
 そしてあの小さすぎるマグカップは何なのか。
 白いマグカップにはクマの顔がついている。
 一体何が入っているんだ。誰が飲むんだ。

 
 時間を掛けてテーブルにたどり着いたクマちゃんが震える手でお盆を下ろす。
 なんとか零さずに置けたようだ。
 気付けば二人は息を詰めもこもこを見守っていたようで、体中が緊張していた。

 テーブルの横にいるクマちゃんが二人のことを黒いつぶらな瞳で見ている。
 まるで何かを期待しているようだ。

 何が入っているのか分からないやたら小さいマグカップから、湯気と甘い香りが立ち上る。
 この匂いはおそらく、牛乳。
 
「ありがとうございます」

 意外なことに、教会から来た真面目そうな男性が優しげな表情でクマちゃんに感謝を伝えた。 
 少し目を伏せ、首に掛けられたペンダントに手を添える。
 そして小さなマグカップの牛乳らしきものに口を付けた。
 勧められる前に飲んだのは、待っていても「どうぞ」とは言われないことが解っていたからだろう。

「ああ、ありがとう」

 マスターもクマちゃんを傷つけたくないのか、すぐにもこもこに礼を言い謎の白い液体に口を付ける。
 わかってはいたが、牛乳だ。かなり甘い。
 甘すぎてとろみがついている。

 まだ二人を見ているもこもこ。
 彼らが飲み終わるのを待っている。
 全部飲まないとクマちゃんは納得しない。

「これは……」

 何かに驚いたような反応の司祭が、白いもこもこにパッと目を向ける。
 クマちゃんはまだ飲み終わっていないマスターを見ていた。

 渋い顔のマスターが、まるで苦いものを飲むように甘すぎる牛乳を飲み干す。

「ん?」

 そして彼も、自身の体の変化を感じ取った。
 体が軽い。

 頭痛が消えている。



 二人が残さず飲んだことに満足したクマちゃんの興味は、もう片付けに移っていた。