ひとしきり笑って落ち着いたところで白花は、改めてアカリが怒っていた理由を尋ねてみる。

 アカリは少し悩んでいたが、思い切って口を開く。
「下界の村人が言ってるんですよ『荒神様の嫁様は綺麗な白兎だ』って。腹立ちません? 白花様は兎ではありませんよ、荒日佐彦様の美しくてお優しい清らかなお心の奥様です!」
 奥様の前についた言葉はさすがに恥ずかしい。

「そんな大層な評価を付けなくても……」
「いいえ! 白花様はもっと自分自身を高く評価していいんです!」

 アカリの言葉に頬を染めつつ「う~ん」と唸っていたら、肩を抱かれた。
 逞しい胸の中に収まってしまう。

「荒日佐彦様、お帰りでしたの? すみません、お出迎えにいかなくて」
 白花は慌てて詫びるが、その口を荒日佐彦の唇で塞がれてしまった。

「……んっ」
 口の位置を変えて何度も口づけをしてくる荒日佐彦から、自分に対する深い愛情が伝わってくる。
 ようやく離れて、白花は傍にアカリがいたのだと顔を真っ赤にした。

「も、もう……っ! 昼から恥ずかしいですっ」
「出迎えがなかったのでな、寂しくなって口吸いをしたくなったのだ。許せ」
 と荒日佐彦は笑いながら言うが、反省している様子なんてない。

「……お帰りなさい」
 帰ってきたことに気づかず、アカリと話し込んでいた自分に非があると白花はそれ以上文句を言わずに荒日佐彦を労る。

 最近は荒日佐彦の体に大量の『厄』や『禍』は付かず、たまに自然災害の『災』が大きい棘で出現するくらいで、村とその周辺は平和だ。
 見回りに出かけていた荒日佐彦の体は美しい神としての姿のままで、少しだけ背中にハリネズミのような棘が出現しているくらいだった。

「申し訳ございません。上着をおろしていただけますか?」
「ああ」
 荒日佐彦が自ら着物の上を肌け、白花に背中を見せる。

 ほどよく筋肉がついている背中の中央、背骨に沿って茶色くて短い棘が雑草のように生えていた。
 白花が手のひらでそれを撫でると、ポロポロと簡単に落ちていく。

「俺が自分を見失うことなくこうしていられるのは、全て白花のお陰だ。俺にはもったいないほどの妻だよ」
「荒日佐彦様が毎日お元気で暮らしている姿を、こうして毎日みられることが私にとって幸甚なんです」

 最初『贄』として食われてしまう覚悟で嫁いできた自分……。
 まさか本当に『花嫁』として神の元に来る意味だと思わなかった。

 一年が過ぎ、新しい宮に移って、こうして夫となった御祭神と穏やかで幸せに過ごせて、毎日が夢のようだ。
 荒神とは思えない逞しく優しい夫に毎日愛されて甘やかされて。
 色々気遣いをして、仕えてくれるアカリ。
 悪戯好きだけど、小さな体で一生懸命働いてくれる神使の兎たち。

 羽毛に包まれたような優しい生活の中で、白花は本来の自分を取り戻すことができた。

 これから荒日佐彦と同じ時を生きていく――

 考えるだけで胸が甘く痺れてじんわりと体中に『幸福』という波が伝わり染みていく。
 愛し愛されていると感じられるからこそ、こうして体が荒日佐彦に近づいていったのだろうと白花は思うようになった。