「きゃああああああああああ!? 何これ? 何よ、これ!」
美月が自分の体に生えてきた黒い棘に叫び声を上げた。
「無闇に我に触れるからだ」
荒日佐彦が感情の籠もっていない声で答える。
「我は『荒神』としてこの地を護る神として生まれた。それゆえ、この地にはびこる『厄』や『禍』『災』をこの身に取り込み、精霊や人に自然を護る役割がある。この娘は我に取り込んであった『禍』を吸い込んでしまったのだ」
だから触れるな、と申したのにと荒日佐彦は呆れたように告げた。
「どうして!? どうしてもっと早く言ってくれなかったの? 痛い! 痛い痛い痛いいいいい!!」
美月が身を捩り、叫びながら痛がる。
その間にも急激に体から黒い針が生え先端を尖らせていく。
その異様な光景に誰もが動けず、ただ見守るしかなかった。
「たすけてぇ……お願い……痛い、痛い、痛いよぉ……」
「美月……!」
泣きながら助けを乞う美月に手を差し伸べたのは、白花だった。
「大丈夫よ、私ならきっと貴女を助けられる……!」
荒日佐彦が吸収した『禍』であるなら、自分が浄化できる。
白花が美月に生えた棘に触れようとしたときだった。
後ろから抱きつかれ、胸にすっぽりとおさめられる――荒日佐彦だ。
「止めい、白花」
「!? どうしてです? 荒日佐彦様から渡った『禍』なら私が浄化できるはずです」
「神に触れるのは、心身ともに清らかな者ではないといけない。邪な考えを持つ物が欲望のまま触れると、本性が姿に現れた形になる……。しかも、もともとこの娘が発していた『禍』で、私の中で純度が上がっていたものだ。それが本人に戻っていったから想像以上に早かったのだ。……もう、手遅れだ」
「……そんな」
「この地域一帯を纏っていたのはこの娘の『欲求』だった。……さすが辻結神社を代々守りし一族の娘というべきか。多大な欲求の強さが『厄』や『禍』を生んで、堪えきれず『サチ』が逃げてしまった」
荒日佐彦がそう説明してくれたが、どこか憐れみの声音が混じっていた。
「自業自得の罰とはいえ……今の時代に、このように姿を変えてしまうとは……」
「アアアア……いたい、イタイ……イタイ……ィィィィィ」
声がいつもの美月の声でなくなっていく。
くぐもっていて何を言っているのかわからないほど難解な言葉に。
手足が細くなり、体も小さく縮まって、着ていた着物が大きくて脱げてしまった。
艶やかで長い真っ直ぐな黒髪は抜け落ち、小さくなった体に見合わない大きな頭を短い首が支えている。
支えきれないのか、顔を上げられないようでずっと俯いたままだ。
眼球だけは大きいがへこんでいて瞳孔は小さくなっており白目が目立っていた。
「……美月」
勇蔵が嗚咽しながら娘の名を呼ぶが、もう名前にも反応しない。
黒い棘を体中に纏い腰を曲げて小さく座る美月は、鏡で見なくても変化した自分の姿の醜さに気づいたようで、更に大きな声で泣き喚いた。
「アアアアアアアアッ! ワアアアアアアア! ア、ア、シャヒ……ッ! イヤアアアアアアッ!」
回らない呂律で叫ぶと、四つん這いになって山に向かって走って行ってしまった。
「美月はどうなるんですか? もう、元に戻らないのでしょうか?」
震えの止まらない白花の手を荒日佐彦はしっかりと握る。
「清浄な山の気に当たり続けていればもしかしたら……しかし、それでもあの娘の心が変わらないと難しい。たとえ変わっても、すぐには元に戻らないだろう」
――改心する頃にはもう、山の気に溶けているかもしれぬ。
声に乗らない荒日佐彦の言葉が、白花の頭に入ってくる。
その事実に白花は静かに涙を流した。
美月が自分の体に生えてきた黒い棘に叫び声を上げた。
「無闇に我に触れるからだ」
荒日佐彦が感情の籠もっていない声で答える。
「我は『荒神』としてこの地を護る神として生まれた。それゆえ、この地にはびこる『厄』や『禍』『災』をこの身に取り込み、精霊や人に自然を護る役割がある。この娘は我に取り込んであった『禍』を吸い込んでしまったのだ」
だから触れるな、と申したのにと荒日佐彦は呆れたように告げた。
「どうして!? どうしてもっと早く言ってくれなかったの? 痛い! 痛い痛い痛いいいいい!!」
美月が身を捩り、叫びながら痛がる。
その間にも急激に体から黒い針が生え先端を尖らせていく。
その異様な光景に誰もが動けず、ただ見守るしかなかった。
「たすけてぇ……お願い……痛い、痛い、痛いよぉ……」
「美月……!」
泣きながら助けを乞う美月に手を差し伸べたのは、白花だった。
「大丈夫よ、私ならきっと貴女を助けられる……!」
荒日佐彦が吸収した『禍』であるなら、自分が浄化できる。
白花が美月に生えた棘に触れようとしたときだった。
後ろから抱きつかれ、胸にすっぽりとおさめられる――荒日佐彦だ。
「止めい、白花」
「!? どうしてです? 荒日佐彦様から渡った『禍』なら私が浄化できるはずです」
「神に触れるのは、心身ともに清らかな者ではないといけない。邪な考えを持つ物が欲望のまま触れると、本性が姿に現れた形になる……。しかも、もともとこの娘が発していた『禍』で、私の中で純度が上がっていたものだ。それが本人に戻っていったから想像以上に早かったのだ。……もう、手遅れだ」
「……そんな」
「この地域一帯を纏っていたのはこの娘の『欲求』だった。……さすが辻結神社を代々守りし一族の娘というべきか。多大な欲求の強さが『厄』や『禍』を生んで、堪えきれず『サチ』が逃げてしまった」
荒日佐彦がそう説明してくれたが、どこか憐れみの声音が混じっていた。
「自業自得の罰とはいえ……今の時代に、このように姿を変えてしまうとは……」
「アアアア……いたい、イタイ……イタイ……ィィィィィ」
声がいつもの美月の声でなくなっていく。
くぐもっていて何を言っているのかわからないほど難解な言葉に。
手足が細くなり、体も小さく縮まって、着ていた着物が大きくて脱げてしまった。
艶やかで長い真っ直ぐな黒髪は抜け落ち、小さくなった体に見合わない大きな頭を短い首が支えている。
支えきれないのか、顔を上げられないようでずっと俯いたままだ。
眼球だけは大きいがへこんでいて瞳孔は小さくなっており白目が目立っていた。
「……美月」
勇蔵が嗚咽しながら娘の名を呼ぶが、もう名前にも反応しない。
黒い棘を体中に纏い腰を曲げて小さく座る美月は、鏡で見なくても変化した自分の姿の醜さに気づいたようで、更に大きな声で泣き喚いた。
「アアアアアアアアッ! ワアアアアアアア! ア、ア、シャヒ……ッ! イヤアアアアアアッ!」
回らない呂律で叫ぶと、四つん這いになって山に向かって走って行ってしまった。
「美月はどうなるんですか? もう、元に戻らないのでしょうか?」
震えの止まらない白花の手を荒日佐彦はしっかりと握る。
「清浄な山の気に当たり続けていればもしかしたら……しかし、それでもあの娘の心が変わらないと難しい。たとえ変わっても、すぐには元に戻らないだろう」
――改心する頃にはもう、山の気に溶けているかもしれぬ。
声に乗らない荒日佐彦の言葉が、白花の頭に入ってくる。
その事実に白花は静かに涙を流した。