「荒日佐彦様、どうしてここに?」

 白花が尋ねる。
 神界で禊ぎをし今日の夜に戻るはずの彼が、下界に降りて自分を抱いている。

「アカリから知らせがきたのだ。白花の危機だとな」
「けれど、禊ぎは……?」
「なあに、あらかた済んだ。あとは白花に浄化を頼めばいいところまでいっているのでな。……しかし、来てよかったぞ、これは」

 ずっと白花を抱き、彼女だけを追っていた瑠璃の瞳がこっちに向いた。

(わ、私を見つめている……! きっと私の美しさに見惚れたのだわ!)
 美月は都合よく思い込んだが、それは自惚れにすぎない。
 荒日佐彦が見つめていたのは美月だけでなく、この場に揃っている者たち全員だ。

 背中にこぼれ落ちた髪を整えながら美月は、数歩駆け出した。
 話しかけて、自分を見てもらわなくては。
 大丈夫、自分は美しい。
 声を掛けられたら、話さずにいられないはず。

 突然現れたこの人は、神かもしれない。
(なら尚更、私に相応しい)

「あ、あの……っ!?」
 美月は淑やかに楚々と近づく。

 だが、彼がその腕に抱いている女を見て、嫉妬の炎が一気に燃え上がった。

(――うさぎ! 慶悟様だけでなく、この人まで! どうしてお前だけ愛されるの!)

 許さない。お前の旦那を奪ってやる。
 そうよ、親しくなってうさぎの過去を暴露してやれば離れていくわ。

 男好きで誰であろうと足を開いたとか、宮司と男女の関係だったとか、嘘も盛り込めばそれさえも真実に聞こえるだろう。

 神だろうと人であろうと、身持ちの悪い女など嫌われる。

 美月は荒ぶる心を隠し愛想のよい笑顔で、荒日佐彦の胸に飛び込むように近づく。

「貴方様は妹の旦那様ですか? 初めまして姉の美月と申します。不出来な妹を可愛がっていただいて感謝いたしますわ」

 親しい距離よりも近くにきて体に触れようとする美月から、荒日佐彦は白花ごと後ろに下がる。
 内心ムッとした美月だが、諦めない。
 スス……と荒日佐彦に近寄ろうとした。

「美月様! おやめなさい! その方は人ではありませんぞ! 恐れ多くも御祭神であられる!」
 そんな美月を大声で止めたのは、宮司だった。

「宮司様! お怪我は?」
 白花が荒日佐彦から離れ、宮司に駆け寄る。

「大事ない。どういうわけか、儂も禰宜も巫女も痛みが治まっているどころか怪我も消えてしまっていたのだ」
 宮司はそう面食らった顔をしながら、自分の体のあちこちに触れた。
「よかった……きっと力を加減してくださったんだわ」
 
 安堵している白花を微笑ましく眺めている荒日佐彦に、ここぞと体を近づけてきた美月は、
「見てください。あの子はああやって村中の男たちにいい顔をしているのです。……お恥ずかしいことですが、宮司とあの子は大分前から男と女の関係でして……」
 と、困ったような表情で囁きながら溜め息を吐いてみせた。

 不愉快そうに眉を寄せた荒日佐彦を見て、美月は自分の話を真に受けたとほくそ笑む。

「あの子から進んで貴方様の『贄』となりましたけれど、お役にたってはいないようで……申し訳なく思います。それでいかがでしょう? 妾腹ではなく本家の正式な娘である私が交代して貴方様に嫁ぐというのは? あの子は男たらしですから……ほら、あそこにいる方は私の婚約者でしたのに、すっかりあの子に心を奪われてしまって……私よりあの子が良いと申しますの……あの子もそうしたい、と承諾してしまって……そうすると私の居場所がなくなってしまいます。どうか私を妻に迎えていただけませんか?」

 着物の袖で目頭を押さえ、涙を拭うフリをする。
 こうすれば大抵の男は自分に靡いて、思う通りに動いてくれた。
 もう片方の袖で笑いそうになる口元を押さえ、嗚咽をもしてみせる。
 これでもう彼は私のもの。

 うさぎなんて、うらぶれてしまえばいいのよ。
 自分よりもてて、自分よりいい衣装をきて、自分より美しい女などいてはいけないの。
 親の愛も男の愛も神の愛も、全て私のもの――