(なんて素敵な……なんて美しい(ひと)なの)

 何が何だかわからないまま、跪かされ頭を下げろと言われても、美月には全くわからない。
 ただただ不快で、他の者たちが勇に習って頭を下げている中、美月は一人顔を上げていた。

 そんな中で、目の前に突如現れた背の高い立派な成りをした青年に心を奪われてしまった。

 真っ直ぐに背中に流れる髪は金の色に輝いて、日の光のよう。
 瞳の色は瑠璃色で、なんとも不思議な色合いだ。
 整った鼻梁に、意志の強さを表すような真っ直ぐ引き結ばれた唇。
 瓜実顔の雅な輪郭。

 美月は幼い頃から自分の容姿に、かなりの自信を持っていた。
 自分の横に並ぶ相手は自分と同等か、それ以上の相手でないといけないと心に誓っていた。
 そのせいだろう。
 とにかく、顔のよい男に弱かった。

 最初に目を付けたのは庭師の息子。
 彼が初めての相手だった。
 身分差や簡単に操を差し出すことに抵抗がなかったわけではない。
 けれど良い顔の男に口説かれて悪い気分はしない。
 行為そのもののを知らなかったのもある。受け入れてしまった。

 ――それからだ。

 男と女の情を交わすという、この世の快楽というものを知ってしまった。

 見目良い男たちにちやほやされるのは心地好い。
 そして自らが選んだ男たちと過ごす触れ合いは、自分が女王になったようで痛快だった。

 世間ではまだまだ女性の地位は低い。
 男に従い、家族でも女は格下扱いだ。結婚してもそれは変わらない。
 夫が外に女を作ろうとなんだろうと、妻はジッと堪えなくてはならないのだ。

 それが美月の場合、逆転している。
 自分が村一番の長者で名士の娘だから、皆が逆らえない。たとえ父の威光だとしても。

 年頃になり、そろそろ村の顔の良い男たちをはべらすのに飽きた頃、縁談が持ち上がった。

 鷹司慶悟――帝国で貴族の爵位を持ち、政権にも睨みを利かせる一族の後継者。

 兄・勇と友情を育んでいたとは――心が躍った。

 そここそが、自分の場所だ。
 彼の妻になることが自分の使命だ。
 財力と権力があれば顔など二の次だと、淑やかな箱入り娘のふりをして見合いをして、慶悟容姿に一目惚れをした。

 田舎にいない洗練された物腰に、帝都の流行の服装に髪型。
 いかにも穏やかな御曹司で、話している言葉や内容は耳に入ってこなかったが『女は、はいはい言って従えば良い』という男尊女卑の染みこんでいる帝国の教えは都合がよかった。
 ニコニコしながら話を聞いていれば満足するのだから。

 向こうも気に入ってくれて婚約、結婚とトントン拍子に進んで。
 しかも厄介者だった異母妹まで消えてくれた。美月の人生で一番輝いた時間だった。

 ――なのに。

(あの女が消えても私を不安にさせてくれて……! こんなことになって! 慶悟様が私の過去を知っても妻になってもいいとか、いい加減な人でよかったけれど……でも……)

 突然現れた男の見目麗しさにポォッとしてしまう。

 こんないい男、見たことがない。
 しかも、なんともいいがたい高貴な雰囲気まで持っている。
 慶悟なんて霞んでしまう。
 体が熱くて胸がずっと早鐘を打っている。いつまでも見つめていたい。

(ああ……! この方こそ、私の夫となる人だわ……!)

 美月は強くそう思った。

 慶悟の時も、俊司の時もそう思ったことは、もうすっかり美月の頭から抜けていた。