「子供の頃はもっと視えていた。大人になってそう視えなくなったけれど。……美月だって視えていたはずだ。ただ、女性は処女性が関係するから。……美月、お前、早いうちに生娘じゃなくなったな?あれだけ『怖いのがいる』と泣きわめいていたのに、途中から平然と暮らすようになった」

「だからお兄さまは嫌いなのよ……」
 美月が恨みがましそうに勇に吐き出した。

「慶悟、美月はともかく神の元へ嫁入りした妹は諦めろ。触れてはいけない相手だ」
 勇の言葉の中に「妹」とあって白花はくすぐったくなる。
 兄は少なくても自分を妹だと思っていてくれたらしい。関わりが少なすぎて知らなかった。

「――なら、尚更ほしくなるなあ」
 しかしそんな勇の言葉も、慶悟には響いていなかった。

 再び白花に近寄ると、今度は肩に抱えてしまう。
「きゃあ!? な、何を……?」
「連れて帰る。姿もそうだけれど、この子といるとなんだかどんなことも上手くいくような気持ちになるんだよね。それに、考え方もいい。一人の男に尽くして真っ直ぐな目で僕に反論してきた。こういう子、屈服させたくなる」
「慶悟! 止めておけ! 怖いもの知らずにもほどがあるぞ!」
「いやよ! うさぎと一緒に鷹司家に嫁ぐなんて! この疫病神!」

 勇と美月が慶悟を止めるが、止める理由が違うのは一目瞭然だ。
 しかも美月の方は、強引に慶悟の肩から白花を引きずり落とそうとしている。

 ――勇はどうしてか、白花に近寄らなかった。

「ちょっと! 美月を止めてよ、勇! 危ないって!」
「いやよ、いや! 売女の娘のくせに! 今まで宮司の情婦だったくせに! 慶悟様から離れなさいよ!」

「……無理だ、触れられない。お前たち、どうして妹に触れられるんだ……? 恐れ多くて触れられない……」

 冷や汗をかいて青ざめている勇に真っ先に気づいたのは勇蔵だった。
「勇、お前……そんなに力があったというのか?」

「すみません……僕は槙山家を継がなくてはならない。けれど父さんは神社の仕事と切り離そうとお考えだったので言えず……今まで黙っていました」

 汗を拭い続ける勇は、その場に座り込んでしまった。
「勇! おい誰か! 美月も慶悟様も、とにかく落ち着きなさい!」

 息子のただ事じゃない様子に勇蔵は慌てて使用人を呼ぶが、なかなかやってこない。
 先に運ばれた妻や宮司たちの介抱で手が空いていないのか?

「……きませんよ、父さん……もうここは、神が降りてくる空間です」
「神……が?」

「慶悟! 妹を下ろせ! すぐにだ! 膝をついて顔を上げるな! 父さんも!」
「――?」

 ただ事じゃない言い方に、父はすぐに膝を突く。
 勇の剣幕に慶悟もなんだと文句を言いながらも、白花を肩から下ろした。

 その時だった――

 目映い光が目の前に現れ、眩しさに皆目を瞑る。

 ようやく落ち着いた頃に目を開けると、そこには白花と彼女を抱き佇む男がいた。


「ほぉ、そこの槙山の(おのこ)に救われたな。そのまま我が妻を担いでいたら命など消えていたわ」


 傲然たる態度でそう告げた。