慣れっこで、家族と言うが他人といっても過言ではない父や兄だって美月の暴言を止めない。
 ましてや、血の繋がりのない義母などは、うさぎなどいないように生活している。

「ごめんなさい……」
 うさぎは謝りながら自分の膳を持ち立ち上がろうとしたら、父が止めた。

「止めなさい。家族全員に話があるから呼んだのだ」
 家長である父の命令だ。従わなくてはならない。
 うさぎは座り直す。美月も悔しそうに黙り込んだ。

「今日、辻結(つじむすび)神社の宮司が訪問されましたが、その件でしょうか?」
 勇が尋ねると、父は厳かに首肯した。

「宮司にご神託があったそうだ」
「本当にあるのですね、神からのお言葉が」
 義母が驚いた様子で口を開いた。
「ああ、なんでも百年ぶりだと聞いている」
「それでなんと?」

「『本宮を建て直せ』との仰せだ」
 ああ、と勇も義母も納得したように頷く。
 本宮に限らず、鳥居や拝殿に参道も劣化している。

「確か、本宮以外はお祖父様の若い頃に建て直ししたはずでは?」
「だが、それももう五十年は経つからな」

「そのとき、なぜ、本宮は建て直さなかったのでしょう?」
「あそこ(本宮)は神がお住まいになる場所。うかつに手が出せん。お伺いを立てても罰があたるかもしれない御祭神は荒神の性格も持つ神、『荒日佐彦(あらさひこ)』だ。故に神託が降りるまで待っていたということだ」
「それで権宮司である槙山家に資金のお願いに来たわけですか」

「それだけじゃない。本宮を新しく造り替えている間、槙山家の土地に仮宮を造り一時的にそこに神を移すことになった。二ヶ月後だ。急ぎ造らねばならん。そしてその際に神を世話する『花嫁』が必要となる。神に花嫁を差し出すのは我が『槙山』家の大切なお役目なのだ」

 うさぎだけでなく美月も驚いたのか、目を大きく開き、動揺している。

「お父様? どういうこと? 聞いてないわ!」

「聞いていただろう? 我が槙山家は、そうして富みを保ってきたのだ。『花嫁』を快く差し出すことは、我が一族の繁栄に関わることだ」
「私はいかないから! 慶悟様と婚約するのに! だって、それって『贄』ってことでしょう? 死んじゃうじゃない! 絶対に嫌よ! しかも『神と名乗るがその姿は物の怪』って言い伝えにあるわ! そんな神を奉るのもどうかと思うわ!」

「口を慎め、美月。姿がどうであれ、槙山家が代々奉る御祭神だ。それで我ら一族は栄えてきたのだ」

 勇にたしなめられ、美月は半泣きになって親指を噛む。自分が『贄』になんて冗談じゃないとでもいうように。

 ――しかし、ハッと思い出したように部屋の隅に俯いて控えている、もう一人の『家族』を思い出した。

「……そうだわ、適してる子がいるじゃない」

 美月を含む全員が、うさぎに視線を向ける。

「そうだ、うさぎ。お前はそのために村に寄った流れ巫女に金を払い、子を産ませたのだ」

 父の言葉に、うさぎはずっと俯いていた顔を上げた。

 ――皆、禍々しい笑みを浮かべていた。