白うさぎと呼ばれる娘、物の怪と呼ばれる荒神の贄になったら幸せな花嫁になりました

 突然現れた白花に、そこにいた全員が驚き呆然としている。

「……うさぎ、いったいどこから?」

 宮司が弱々しい口調で尋ねてきた。
 もう立ち上がれない様子で地べたに這いつくばったままだ。

 白花は真っ直ぐに宮司に近づくと、彼の頭を支え起こした。
「宮司様、わたしのためにこんな目に……」
「よい……。……幸せなのか?」
「はい。今は白花と呼ばれております」
「……よかった」

 宮司は安堵したのか目を閉じ、気を失ってしまった。
 
 白花は禰宜や巫女たちに宮司を任せ、真っ直ぐに美月と義母を見据えた。

「私を神に捧げたのは、槙山家の習わしのはず。そして私はその通りに行動をした。――なのにどうしてそれを疑い、このような乱暴を働かせたんです?」

 白花の問いに、ふん、と美月の口から小馬鹿にした声が出た。

「何を言っているのよ。今まで隠れていたのでしょう? それをまあ『神に捧げられた』とよく言うわ」

 さっさと縛り上げて! と下男たちに告げる。

「私は逃げたりしません。でも、あなたがたが心配なら――」

 縛れ、と言う意味を込めて両手を差し出す。
 下男たちはいきなり何もないところからうさぎと呼ばれていた女が現れたこと、そしてその潔さに躊躇っていた。

 今の彼女を見て躊躇うのは当たり前だろう。
 槙山家にいた頃は使用人同然の扱い、というよりそれより酷かった。
 着物は何度も手直しして生地もボロボロで、髪など手入れもしていない。
 いつも頭巾を被って白い髪を隠し、赤い目を見せないよう下を向いてオドオドとしていた。

 そうしないと、「気味が悪いから近づくな」と使用人たちにも叱咤されたからだ。

 けれど――
 今、目の前にいるのは清廉さが体から滲み出ている、高貴で美しい女性だ。
 しかも神々しさまであるように見える。
 
 それは美月や義母も気づいていた。
 一年前のうさぎと違う、と。

(あ、あんなボロボロで醜い女が……?)

 艶のない汚れた綿のようだった白い髪は、絹とか銀を思わせる艶やかなものとなり、赤い瞳は薄く紅を付けた唇と相まってよく映える。

 着ている着物は萌黄色と金糸で、陽に当たる春に芽吹いた葉がついた枝を表現した透かしが入っている。

 その着物の上から透ける白羽織を着ていた。

 その佇まいは思わず見惚れてしまうほどだ。

 ――この美しさは危険だ。





 頭の中で警鐘が鳴る。

 美月は知らず歯ぎしりをしていた。

 父と兄が二人で出かけている間に事を起こした。
 二人はなんだかんだと穏健派だ。
 特に勇は現代の医療や科学に経済の発展を自分よりその目で見ているというのに、仏神の信仰を否定しない。

「それも国を作った一部で全てを否定することは、自分や先祖までも否定することになる」

 と腹が立つほど平静で淡々としている。

 しかし、妹である自分が何か行動を起こそうとすると必ず反対をするのだ。
(女だと思って下に見て馬鹿にしているのよ、きっと)

 うさぎのことも腹立たしいが、勇の自分に対する態度だって気にくわない。
 いつもいつも、
「あの女に突っかかるな」
「いないものだと思って放っておけ」
 と勇が言えば言うほど、美月はうさぎを追い詰めた。

 うさぎも大嫌いだけれど、自分の言い分を否定し、行動を制限させようとする勇も嫌い。

 けれど長兄だからいずれ槙山家を継ぐ次期当主だ。
 自分が好き勝手にして怒りを買ったら追い出されてしまうかもしれない。
 だから、我慢してきた。

(結婚すれば、慶悟様の妻になれば位は私の方が上になる……。そうしたらもう兄様の言うことなんて聞かなくて良い。ううん、顎で使ってやれる!)

 慶悟は勇の親友で、その縁で自分は彼と結婚できるのだということなど美月の頭の中からはすっぽり抜けていた。

 美月は侮蔑をこめた笑みを浮かべながら、白花に近づく。
「この売女が! いい着物なんか着て……! 大方、宮司を色惚けさせて贅沢をしていたんでしょ!?」

 白花が避けるより早く美月の手が伸び、彼女の髪を掴むと引っ張り倒した。
「きゃっ!?」
 前屈みで倒れた白花を、美月は足で何度も踏み続ける。

「おやめください! うさぎは……白花様は御祭神の花嫁ですぞ!」
 禰宜や巫女たちは白花の出現で我に返ったのか、皆で必死に白花の体に覆い被さり、護る。

「皆さんも逃げて……っ、怪我しているではありませんか!」
 そう促すが禰宜も巫女たちも頑として聞かず、白花と宮司の上に覆い被さり暴行を受けた。

「いいえ、我々は神にお仕えする者です!」
「宮司様と御祭神様の花嫁をお守りしなくては!」

「……あなたたち、ごめんなさい」
 禰宜と巫女、そして宮司の気持ちを思うと切なくて白花の目から涙が零れてくる。

「もう、もう止めて! 美月もお義母様も……! 私がここから去ればいいんでしょう? 出ていくから止めて!」





 二人は自分の存在を、どれだけ恐れているのか。
 自分たちがしたことがただ、自分の心に返ってきてるだけなのに。

 白花を痛めつければ痛めつけるほど美月も義母は、ますます不安と恐怖に囚われていくことがわからないのか?

 下男たちは美月の命で、禰宜と巫女を白花から引き剥がした。

 座り込んでいる白花と美月は対峙する形になる。

 美月は息が上がってはぁはぁと荒い息を吐き出し、肩が揺れていた。
 着物の裾は乱れ、整えていた髪も飾りが外れ背中に流れ落ちている。

 何かに取り憑かれたような剣呑さで、義母も下男たちも美月に近づくことも声をかけることも出来ない。
 美月が白花に、忌々しそうに吐き出した

「何が白花よ、うさぎはうさぎ。髪は真っ白。目は真っ赤なうさぎになれなかった憐れな人間よ。……なのに、図々しく隠れ住んでいて……うさぎはうさぎらしく山奥でボロボロになっていなさいよ! 山から下りてくるんじゃないわ!」

 蹴り続けるのが疲れた美月は、下男から棒をひったくると白花に振り落とした。
「――っ!?」

 白花は思わず目を瞑る。
 瞬間、誰かが自分を抱きしめた。

 恐る恐る目を開けると、宮司が自分を抱きしめ代わりに打たれていたのだ。
「宮司様! 駄目! 本当に死んでしまいます! 私なら平気ですからどうか離れてください!」

 宮司は力なく頭を横に振る。けれど白花を抱きしめる腕は強くか弱い女の手では振りほどけなかった。
「この……っ! この! どきなさい! でないとうさぎと一緒に殺すからね!」

 美月が侮蔑の言葉を吐き続けながらも殴打を続ける。
 その姿に義母や下男たちは恐ろしさに身を凍らせていた。

 明らかに興奮状態でいる美月は、残虐な笑みを浮かべて口汚く嘲罵する。

 ――まるで鬼のようだ。

「……あ、美月、美月……っ、も、もう止めなさい。本当に死んでしまうわ」
「お母さま止めないで! ……こいつら、こいつらがいたら私と慶悟様の将来がないのよ……!」
「殺してしまえばそれこそ、お前の結婚はなくなります!」

 母の声にピタリ、と美月の手が止まった。そうして義母に振り返ると妖艶に微笑みながら言う。

「平気よ。死んでしまえばわからない場所に埋めてしまえばいいの。この女は宮司の言うとおり神の花嫁になって消えてしまったし、宮司は神隠しに心を痛めてどこかへ去ってしまった……そういえばいいでしょう?」

 娘の言葉に一瞬驚いて見せた義母も、
「……そうね、それがいいわ。なら、さっさと殺さないと。禰宜も巫女も同様にね……? でないと、主人に告げ口でもされたら大変だから」
 美月と同じく禍々しい笑いを見せた。





「じゃあ、この棒ではなくてもっと、そう鉈の方がいいわね。薪割りの鉈がいいわ」
と、義母が下男に命令するが、彼の方は怖じ気づいたのか口を震わせたままかぶりを振った。

「お、奥様……それはまずい、まずいですよ……。オレたちゃあ殺しはごめんだぁ」

「……意気地のない。もうお前たちは私たちの共犯者なんですよ? このままでいたら必ずお縄になりましょう。……まあわたくしたちは主人と鷹司のお力でどうにかなりますけれど……ねぇ? 美月」
「お母さまの言うとおりよ。もうお前たちも逃げられない……それに、そうねぇ。ご褒美にまた『以前のような遊び』をしても構わないわ」

「お嬢様……」
 髪飾りを外し、下ろした髪を櫛で整えながら美月は妖艶に告げた。

 その様子はまさに妖女と呼ぶに相応しい禍々しい美しさがあって、下男たちは生唾を飲み込む。
 もうそれで承諾を得たようなものだ。

 下男たちは意気揚々として薪の保管場所へ向かった。

「美月、貴女……まさかもう……」
 母の疑わしいと見つめてきた視線に、美月は含んだ笑いをする。

「慶悟様は純粋なお坊ちゃまだもの。初夜におぼこのふりをすれば、わかるはずないわ」
「あのような下賤な者に……貴女という人は……」

 呆れた顔の母に美月は笑う。
「身分は下でも、逞しいのよ。体付きも。そしてお顔がいいじゃない?私の命じるがままに楽しませてくれるもの」

 さて、と美月は砂まみれになった白花を見下ろす。
「あんたは槙山家の汚点なのよ。だからいては存在そのものが困るの。さっさと土塊にしてあげる」
 と目を細めた。

 ――悪鬼だ。

 白花はそう美月を見上げた。

 『悪』の塊だ。

 倒れた三日月のように細める目は、邪悪で染まって。
 口角だけ上がる唇は血を吸ったように赤い。

(どうして気づかなかったの?)

 私がいなかった一年で様変わりした?

 ――禍事(まがいこと)の相――

 というのは、美月が起こす行動のことで

『禍』というのは、美月そのもの――





「……駄目よ、駄目……っ。美月、思い直して! 今すぐ止めて!でないと――っ」

 パァンという音とともに白花の左頬に痛みが走った。

「あんたに私の名前を呼ぶ権利を与えていないわよ。前のように顔を下に向いてなさいよ。『醜い化け物』が! 化け物は化け物らしくしていなさい!」

『化け物』――過去に呼ばれていたあだ名に白花の体が一瞬硬直した。

 私は醜い。
 目も赤いし髪も老人のように白い。化け物だ。
 急速に心が萎んでいくのがわかる。

(私は、醜い……)
 そう心の中で呟く。


 ――違います!

 
 突然、頭の中から声が響き驚いて辺りを見渡す。

 ――白花様! どうして白花、と荒日佐彦様がおつけになったのか思い出して!

「……アカリ?」
 大床にアカリがいる。
 必死になって自分に向かって叫んでいる。

 その周りには神使の兎たちがいる。
 ああ私を助けようとして集まってくれたんだわ。
 でも、結界で出ては行けないのね。

 ――白花様は、荒日佐彦様の立派な妻です! どうか自分を誇りに思ってください!

「荒日佐彦様……」

 ――お前にぴったりな名前だ。白花。白く清らかな、俺の美しい一輪の花――

 愛されている。
 昔の、誰にも必要とされていなくて小さくなって、泣いてばかりの私じゃない!

「……化け物じゃない」
「あっ?」
「私の名前は白花。御祭神である荒日佐彦様にそう名付けられました。それに、この髪も目も母の一族に現れるもの。決して化け物として生まれたわけではありません!」

 真っ直ぐに美月を、義母を見つめる。
 そう、自分は荒日佐彦様の妻だ。
 愛してくれる彼のために、そして自分のために、強くならなくては!

「……な、何よ……っ、荒日佐彦? あんた虐められすぎて頭、おかしくなったんでしょ? 神様が見えるとか妻になったとか、馬鹿じゃない?」
「美月にはみえないだけよ」

 白花の言葉に美月はカッとして、また右手を振りかざした――その時だった。


「美月! 何をしている!」

 怒りを含んだ声に美月の手が止まった。

 義母は怒鳴り込んできた相手を見て途端、震えだす。
 駆け足でやってきたのは、勇と慶悟だった。





「勇さん、慶悟様……こ、これはその……あ、あの人は? どうしたのかしら?」

 義母が慌てて話題を逸らそうとする。
『あの人』――父だろうと容易に予想できる。

「父さんはあとからやってくる。私たちは駆け足できたんだ。……これは一体どういうことなんです? 母さん」
 傷ついている禰宜と巫女。そして気を失って倒れている宮司の怪我を見て、母にキツく問いかける。

 そして――砂埃を被っても尚も美しい白髪赤目の女性を見て、大きく目を開いた。

「……お前は!? 何故、こんなところに?」

 白花は埃を叩き居住まいを正すと、勇と慶悟に対し頭を下げる。
「おひさしゅうございます。私が出ないと宮司様を殺しかねない様子でしたので、姿を現したまでです」

 何? と勇は唸ると、胡乱の目で美月と母を見つめた。

「違います! 私と母は宮司の悪行を問い詰めていただけです! 本当よ! 慶悟様!」
 真っ先に言い訳して慶悟にすがりついたのは美月だった。
 今まで鬼の顔だったのに、可憐な表情で涙まで浮かべはじめた。

「一年前に宮司は私の妹に恋慕して遷宮の際に『神の贄』が必要と隠してしまいました。それから妹を想い憂いてましたが、私はまもなく貴方の元へ嫁ぎます。だから明日遷宮を行う今が妹を取り返す絶好の機会だと母と相談して行動を起こしたのです」

「へぇ。じゃあこの娘は勇と美月の妹ってこと?」

 慶悟は、「妹」という部分だけ聞いて、それ以外の美月の訴えをまともに聞いていないようだった。

 すがりついてきた美月を引き剥がし、いそいそと白花の元へやってきた。
 そして、しげしげと珍獣でも見るように白花を下から上まで眺める。

「『白人(しらひと)』だ。初めて見たよ。この子の目は赤いんだね。ねえ君、陽に当たって大丈夫なの? 肌は火傷したり水ぶくれを起こしたりは?」
「……? 平気ですけれど……」
 急に現れて馴れ馴れしく近づいて話しかけてきた若者に、白花は警戒しつつも、問いに答えた。

「へぇ!! 今まで聞いて事がないよ! 勇、どうしてこんな珍しい妹を隠していたんだい? これは医学界にとって、すごい発見だよ?」
「……僕たちは、医学の研究者ではないだろう?」
 勇は溜め息をつきながら答えた。

「遺伝子の問題かな?」
 自分で尋ねておきながら勇の言葉に碌に応えず、瞳をキラキラさせながら白花の体をあちこち、ジィッと見つめる慶悟の動きは忙しない。

 物珍しい玩具に遭遇して喜んでいる子供のようだ。





「文献や写真でみる白人と少々違うみたいだ。そうだ、家に連れて帰ろう! 我が家の医師たちに見せて診させて、その報告書を世界中に発表するんだよ! なあ、勇。そうしたら君の妹君が白人である原因が掴めるし、世界中の白人たちの研究だって進む。だって陽に当たっても元気でいるんだ! いい考えだろう?」

「……慶悟、僕は賛成できない」

 美月は勇の反対に便乗して声を上げた。
「そうよ! 絶対に嫌! どうして結婚しても、こんな出来損ないと一緒に鷹司家で生活しないといけないの? それにこの女は淫女です。一緒に住んだら慶悟様だけでなく屋敷で働いている男たちを誘惑して、きっと争いの元になります!」

「? さっきと話が違うんじゃないか? 白人の妹は色惚けした宮司に拐かされて情婦になったんだろう? それを憂いていたと。なら宮司から引き離した方がいいじゃないか」
「……っ! そ、それは……」
 勇に冷たい視線で蔑まれ、美月は肩をすぼめて口を噤んでしまった。

「まあいいや。ねえ、君。名前はなんて言うの? ああ、僕から名乗らなくては紳士らしくないね。僕は鷹司慶悟。君の兄の勇とは親友でね。少しは話を聞いているよね?」
「……はい」

 そうだ。
 勇は帝都の大学に宿舎を借りて通って、そこで鷹司財閥の息子と知り合って交流を深めていったと聞いた。
 冷静で物静かな勇と、対照的だと思う。

 よく言えば明るくて雄弁で朗らかだ。
 悪く言えば周囲を読まない、空回りした明るさがある。
 思ったことを取捨選択せずに喋る、小さな男の子を相手に話しているような錯覚に陥る。

「で、君の名前は?」
「白花、と申します」
「きよか、どんな漢字かな?」
「白い花、と書いて白花です」

 ヒューッと慶悟が口笛を鳴らす。
「センスあるなぁ。君の容姿にぴったりだ。あ、『センス』ってね、表現方法が優れてる、素敵だって意味だよ。父君がお付けになったのかな?」

「……いえ」
 御祭神である荒日佐彦様に付けていただいたと言っても、ここにいる誰もが信じやしないだろう。

「じゃあ、誰だろう? 母君?」
 答えようもないので白花は黙って視線を逸らした。

 とにかく、いまこうして和気藹々としている場合ではない。
「私はここで失礼して、宮司様含む神社の関係者の方の手当をしたいと思います」

 そう言い、頭を下げ慶悟の前から去ろうとしたが、彼は白花の手を掴んで放そうとしなかった。
「ええ~、駄目だよ。僕は君ともっと話がしたいんだ。怪我人は美月たちに任せて白花は僕と一緒にいよう」

 慶悟の発言に白花だけでなく、美月や勇、義母も驚き一斉に引き止める。
「止めて! そんな子、放っておいてください! その子嘘つきなのよ? 名前だって白花じゃないんです。本当の名は『うさぎ』なんですから!」

「うさぎ? そうなの?」
 きょとんとした顔で尋ねてくる慶悟に白花は、
「以前はそう呼ばれていました。『白花』は、高貴な方が名付けてくださった名前なんです」
 と答えつつ、慶悟の手を振り払おうとする。

 けれど、彼の手は吸い付くように自分の手を掴んでいる。
 それどころかますます囚われて、腰まで掴まれて胸元まで引き寄せられてしまう。

「お放しください……! どうか……!」
「慶悟様! そんな女、どこかへやってしまって!」
「慶悟、止めろ。放すんだ」

 三人に詰め寄られ慶悟はムッとした顔になる。
 その様子も頬を膨らませ、本当に子供のようだ。

「なんだよ、白花も美月も勇も……母親違いの妹だって僕は気にしないよ」

 隠していた事実を述べられて、美月、勇、義母が驚き、声を失った。
 慶悟は「はぁ」と肩を揺らし、言葉を続けた。

「君の妹君と結婚して一族の中に入るんだ。事前に身辺調査くらいしている。鷹司家として、していない方がおかしい」

「……そうか。しかしその娘はもう慶悟さんに不向きです」

 後からやってきた勇蔵が、そう慶悟に諭す。







「不向きとは? じゃあ、美月は僕に相応しいと? あはは! 笑っちゃうね。とうの昔に他の男に操を捧げた女が鷹司家の嫁に相応しいと?」

 慶悟の発言に勇蔵と勇は美月を睨む。
 美月は、
「違うの! それは無理矢理で……!」
 と言い訳するがすぐに父の平手が飛んできて、母に泣きつく。

「お前がしっかり美月を見ていないからだぞ!」
「あなた! 美月の言うことは本当です! 美月が自ら体を開いたわけではありません! そうよね? 美月? だ、だから隠しておいたのです!」

 美月は泣きべそをかきながら言葉を続ける。
「何が起きたのかわからなくて……それで、私お母さまに相談して……隠しておきましょうって……。本意ではありません!」
「では、誰に奪われたのだ?」
「に、庭師の俊司です……」
「虎之助の息子か。首だな。嫁入り前の娘を……手込めにしおって」
 
 苦々しく呟く父に慶悟は首を傾げた。
「あれ? もっといるよね? 下男の剛とか、勘助とか、あと……料理人の佐輔とか。数人で楽しんでいたという報告もあったけれど?」

「お前……っ、このたわけが!」
 夫の激高にか、それとも宝珠と可愛がっていた娘が隠れて男と遊んでいた事実を聞いたせいか、母はその場で気を失ってしまった。

「屋敷へ連れていけ。お前たちが傷つけた神社の者たちもだ。介抱するんだ」
 勇蔵は下男たちに言いつける。

 それから、震え上がって泣いている美月を慶悟の前に引っ張っていくと、頭を下げた。

「申し訳ない。親の教育が行き届いていなかった。傷物を鷹司家に出すわけにはいかない」
「……いやぁ……、これからいい子になるからぁ、いい妻になるからぁ……慶悟様のお嫁さんにしてぇ……」
 真摯に謝罪する勇蔵の横で美月は、べそをかきながら嫌々と駄々をこねている。

「あのさぁ。僕は美月さんが、生娘であろうとがなかろうと関係ないんだけれど」
 慶悟は帽子を外し、髪を掻き上げながらひょうひょうと言い放つ。
「むしろ、何も知らない生娘を相手にするより、知ってて自分から動いてくれる方がありがたいね」

 なんて言い出した慶悟に、勇は思いっきり溜め息を吐いている。
 美月は一瞬にして泣き止み、明るい表情で慶悟に迫っていく。

「じゃあ、じゃあ! 私、このまま慶悟様の妻になっていいのね?」
「まあ、いいけれど、僕としては――そっちの白人の妹さんをもらいうけたいね。そっちも僕にくれるなら美月さんを妻に迎えてもいい」

 慶悟の言葉に、一斉に白花の方に顔を向ける。
 勇蔵は苦々しい顔で。
 美月は憎々しげに睨み付けて。
 勇はなんとも言えない顔をしていた。

 三者三様の表情と、慶悟の言葉に一番困惑したのは白花本人だ。

 どうしてそんな話になっているのか。
 けれど――白花の心は既に荒日佐彦のものだ。

「慶悟様、私は既に神の妻。貴方の元へは参りません」
 はっきりと言い切る。

「神って、宮司のこと?」
 慶悟はわからないと言うように首を傾げてみせる。

「君は宮司の元で、妻として暮らしていたんじゃないのか?」
「宮司様とは一年前、私の神への嫁入り以来会ってはおりません。その間、御祭神である荒日佐彦神の元で暮らしておりました。……それは事実です」

「ううん? なんだか超常現象的な話になってきたなぁ。一年間神隠しに遭っていたってことになるけれど? それは事実?」
 尋ねてきた慶悟に勇は頷いた。
「一年間、行方しれずだった。宮司が『鳥居を潜ったら消えた』と話していて嘘か真か検証しなかった。その女は……妹は元々、父が百年の遷宮のさいに行われる『贄』として育ったのだ。だが認識を違えたようだ。『贄』ではなく『神の花嫁』として妹は向際の世界へ行ったのだろう」

「勇、それ冗談? 頭、おかしくなってないよね?」
「……常日頃、僕が人ならざるものが視えると話しているだろう? 君だって真剣に僕の話を聞いていたじゃないか」
「ああ……そうだよね。君って先祖が神職だからそういうの、血筋で視えるとかって。いやぁ、本当だったんだ!」

「信じていなかったのか」と勇は小さい声でぼやき、話を紡いでいく。





「子供の頃はもっと視えていた。大人になってそう視えなくなったけれど。……美月だって視えていたはずだ。ただ、女性は処女性が関係するから。……美月、お前、早いうちに生娘じゃなくなったな?あれだけ『怖いのがいる』と泣きわめいていたのに、途中から平然と暮らすようになった」

「だからお兄さまは嫌いなのよ……」
 美月が恨みがましそうに勇に吐き出した。

「慶悟、美月はともかく神の元へ嫁入りした妹は諦めろ。触れてはいけない相手だ」
 勇の言葉の中に「妹」とあって白花はくすぐったくなる。
 兄は少なくても自分を妹だと思っていてくれたらしい。関わりが少なすぎて知らなかった。

「――なら、尚更ほしくなるなあ」
 しかしそんな勇の言葉も、慶悟には響いていなかった。

 再び白花に近寄ると、今度は肩に抱えてしまう。
「きゃあ!? な、何を……?」
「連れて帰る。姿もそうだけれど、この子といるとなんだかどんなことも上手くいくような気持ちになるんだよね。それに、考え方もいい。一人の男に尽くして真っ直ぐな目で僕に反論してきた。こういう子、屈服させたくなる」
「慶悟! 止めておけ! 怖いもの知らずにもほどがあるぞ!」
「いやよ! うさぎと一緒に鷹司家に嫁ぐなんて! この疫病神!」

 勇と美月が慶悟を止めるが、止める理由が違うのは一目瞭然だ。
 しかも美月の方は、強引に慶悟の肩から白花を引きずり落とそうとしている。

 ――勇はどうしてか、白花に近寄らなかった。

「ちょっと! 美月を止めてよ、勇! 危ないって!」
「いやよ、いや! 売女の娘のくせに! 今まで宮司の情婦だったくせに! 慶悟様から離れなさいよ!」

「……無理だ、触れられない。お前たち、どうして妹に触れられるんだ……? 恐れ多くて触れられない……」

 冷や汗をかいて青ざめている勇に真っ先に気づいたのは勇蔵だった。
「勇、お前……そんなに力があったというのか?」

「すみません……僕は槙山家を継がなくてはならない。けれど父さんは神社の仕事と切り離そうとお考えだったので言えず……今まで黙っていました」

 汗を拭い続ける勇は、その場に座り込んでしまった。
「勇! おい誰か! 美月も慶悟様も、とにかく落ち着きなさい!」

 息子のただ事じゃない様子に勇蔵は慌てて使用人を呼ぶが、なかなかやってこない。
 先に運ばれた妻や宮司たちの介抱で手が空いていないのか?

「……きませんよ、父さん……もうここは、神が降りてくる空間です」
「神……が?」

「慶悟! 妹を下ろせ! すぐにだ! 膝をついて顔を上げるな! 父さんも!」
「――?」

 ただ事じゃない言い方に、父はすぐに膝を突く。
 勇の剣幕に慶悟もなんだと文句を言いながらも、白花を肩から下ろした。

 その時だった――

 目映い光が目の前に現れ、眩しさに皆目を瞑る。

 ようやく落ち着いた頃に目を開けると、そこには白花と彼女を抱き佇む男がいた。


「ほぉ、そこの槙山の(おのこ)に救われたな。そのまま我が妻を担いでいたら命など消えていたわ」


 傲然たる態度でそう告げた。