遷宮前日になり、白花は落ち着かなくなる。

 そろそろ荒日佐彦が帰ってくるから尚更だ。
「お帰りになったら支度を調えて差し上げて、それから……本宮に持っていく物は……」
「既にまとめております。荷物は全て神使にお任せください」
 とアカリ。

「そうね、そうだったわ。あとは私は何をすればいいんでしょう……?」
 何せ相手に指示することの慣れていない白花だし、自分と夫となった荒日佐彦が主となる催しだ。緊張して落ち着かない。部屋に庭にと理由もなく歩き回ってしまう。

「水引でもお結びになりますか?」
 アカリが提案をしてくれる。

 そういえば「花嫁修業の一環で若いときはよく結んだ」と義母が美月に話していたのを家事をしながら聞いたことを思い出す。

 ――花嫁修業

「やります!」
 白花はむん、と気合いを入れて返事をした。

 赤と白の細巻き水引が白花の前に出され、アカリに習って結んでいく。
 最初の一つ二つは綺麗な結びにならず消沈した白花だったが、左右対称に結べるようになってだんだん自信がついてきた。

「他にも工夫次第で、色々な形に結ぶことができるようです」
「そうなのね。でも私は基礎の、水引の結び方をちゃんと出来るようにならないといけないわね」

 何かに集中することによって、ようやく心がざわつくのがおさまったようだ。

(荒日佐彦様がお帰りになるまで、こうした細かい作業をこなしていこう)
 そう思うと、半襟も作ろうかと考えが浮かぶ。

「これが一段落ついたら――」
 とアカリに提案しようとしたときだった。

 数匹の神使の兎が慌てた様子でやってきた。

「かしましい。どうしたのです?」
 アカリが厳しい口調で注意するが、兎たちはそれどころではないといった様子だ。

「大変、大変」
「仮宮の前で暴力事件」

 その報告に、アカリだけでなく白花も眉をひそめた。
「この仮宮は、槙山家の敷地内のはずよね?」
「ええ、そうです。……御共の使用人たちの争いでしょうか?」

 しかし、次の神使の言葉にサッと顔を青ざめた。

「宮司が蹴られてる」
「殴られてる」
「宮司様が?」

 白花は立ち上がり、急いで仮宮の神殿へ急ぐ。アカリも後に続いた。

 威勢よい声と、止めようとしている懸命な声。

 そして鈍い打撃音に呻く声。
 その声は――

「宮司様!」